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11/02/2004

Thee Michelle Gun Elephant (2)

 幕張メッセの解散ライヴの評。GBM掲載。この1週間前の仙台のライヴのライヴ評と同時掲載された。

 この6月で、懇意にしていた編集者が退職した。5年の間、ミッシェル・ガン・エレファントも含め、ほんとうに数多くのアーティストの仕事を二人三脚でやってきた仲だった。その彼女と肩を並べ、ぼくはミッシェル最後の瞬間を見届けようとしていた。とくに事前に約束していたわけでも示し合わせていたのでもないが、開演直前に携帯で連絡をとりあい、一緒に見ることにしたのだった。

 彼女はぼくの知る限り、もっとも熱心なミッシェルのファンのひとりだった。チバユウスケと同じ歳だという彼女は、この日の終演後の打ち上げでチバと握手しただけで涙ぐんでしまうような仕事を超えた深い愛情を捧げていた。ミッシェルの最後をともに看取るのは、彼女以外にありえなかった。

 ぼく自身は、アーティストに自己のアイデンティティの重要な部分を重ね合わせのめり込んでしまうような歳では、すでにない。だがブランキー・ジェット・シティといい、ミッシェルといい、ライターとしてもっとも長く、深く関わり続けてきたバンドが相次いで解散してしまったことには、言いようのない喪失感を感じる。バンドはいつか終わるものだし、彼らがやりたいことをすべてやりつくして、まるで句読点を打つように活動を停止していくことも知っている。余力のあるうちに辞めるのが彼ら流の美学でもあるだろう。だが彼らには続けて欲しかった。音楽性とアーティストの人間性を必要以上に重ね合わせて見ることは無意味だし、ある意味で危険でもある。だがミッシェルは、その人間性と音楽性が直結していると感じる。取材という形で本人の人となりをほんの一部分でも知ることはいわば諸刃の刃だが、ミッシェルの場合、ステージでも、レコードでも、そしてオフ・ステージでも、その実直でまっすぐで生真面目で情熱的で少年的で、にくめない人柄の印象と、音楽から受ける印象は一直線に繋がっている。それはこの日のライヴでもまったく変わることがなく、そんな彼らともう2度と会えないという思いは、ぼくを複雑な気分にさせた。ちょうど1年前のZEPP東京のライヴで彼らが長い休養から復帰したとき、ぼくは彼らの心境を忖度して「もう迷うことはない。自分たちはとにかく、全力で駆け抜けることしかできない。たとえ体力の臨界点に達しても、心臓が破れようとも、走り続けることしかできない」と書いた。だが彼らの終わりは、それからわずか1年後に唐突に訪れたのである。

 ラスト・ライヴ2時間強。メニューは定番のフル・コースで、有名ヒット曲はほとんど演奏された。アンコールの「リボルバー・ジャンキーズ」から「ジェニー」そして「世界の終わり」という選曲も、すべてが予想通り。だがぼくは、この日ほど最強のビート・バンドの最強の演奏に包まれる悦楽と幸福を感じたことはない。それは単にラスト・ライヴだから、ということでは断じてない。10年の歳月を積み重ね、メジャー・デビュー後は一切のメンバー・チェンジをすることもなく、4人のアンサンブルによる極限のビート・ロックのスキルを鍛え上げつづけてついに到達した至高の境地だったのである。すべてが完璧にバランスされ、すべてが強く、すべてがしなやかに、すべてがしたたかに鳴っていた。例によってMCはほとんどなかったが、演奏はこのうえなく雄弁に彼ら自身を物語っていた。そして頂点に立ってしまえば、あとはもう降りるしかないのだ。

 「リボルバー・ジャンキーズ」だったか、スクリーンに大写しになったチバが、この日はじめて満面の笑みを浮かべる。3万人の観客を前にしての最後のパフォーマンス。すべてが彼らとの最後の夜をいつまでも胸に焼き付けようと、息を詰めて見ている。チバらはこの夜、ステージ・パフォーマーとして至福の思いを味わったはずだ。その幸福感が、チバを笑顔にした。それは一仕事を終え、息を詰め気を張りつづける日々からようやく解放されようとしている、ひとりの男の姿だった。ぼくはそんな彼らを初めて心底うらやましいと思った。アベフトシ、ウエノコウジのふたりが万感の思いをこめて「ありがとう」と一言だけ喋り、去っていく。クハラカズユキは手をふりながら無言で駆け抜けていく。もう二度と4人が同じステージに立つことはない。いつまでも拍手と歓声はやむことがなかった。

 ライヴが終わり、さまざまな感情が去来して言葉を失い、黙りこくっていると、隣にいた彼女がぼそりとつぶやいた。

 「これで本当に、あたしと小野島さんの『××』(雑誌名)での仕事が終わったんですね」

 じつのところ、その雑誌では長い間ずっと別の編集者がミッシェルを担当していて、彼女が担当だったのは『ロデオ・タンデム・ビート・スペクター』発表前後の一時期だけであり、ぼくと彼女がミッシェルの取材をしたのもたったの1回しかない。はるかに多くの取材をともにしたアーティストはほかにいくらでもいる。だが彼女にとっては、そのたった1回が、5年間の編集者生活の、そしてライターとしてのぼくとの関わりの、凝縮された瞬間だったのだろう。そして、それももう過去の歴史となってしまった。思い出まで消え去るわけじゃない。思い出は人を優しい気持ちにさせる。だがそこに未来はない。

 一晩寝れば何事もなかったように新しい一日が始まり、新たな音が鳴らされる。世界はつづく。ミッシェルのいない世界が。

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