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11/01/2004

佐藤伸治 (Fishmans) (2)

 フィッシュマンズの故・佐藤伸治のインタビュー。アルバム『8月の現状』発表時、雑誌『マーキー』のために98年6月12日おこなわれたもので、同誌vol.8に掲載された。なお同インタビューの完全版も併載するので、あわせてご覧いただきたい。

(『マーキー』vol.8所載)

 それにしても――と、フィッシュマンズの新作『8月の現状』を聴きながらつくづく思う。こんなユニークなバンドは世界中どこを探してもいない。しんしんと凪いだ静寂の中、なにげなく日常の色に溶け込みながら、次第に頭の中にパラノイアックな妄想が増殖していくような、四畳半のしなびた空気がいつのまにか幻覚にまみれた星屑が降り注ぐ宇宙空間に変容していくような、そんな音の造形はまさにフィッシュマンズでしかありえない。必要最低限にして十分な、音のない行間にこそニュアンスを感じさせる巧みなアレンジ、おかしみと哀しみとあきらめと喜びが入り混じった楽曲といった要素もさることながら、ぼくが強く惹かれるのは、聴き進むうち、身体中の感覚がどんどん鋭敏になっていくような音の粒立ちと、ざわざわと静かな水面にさざ波が立っていくような、胸騒ぎに似た空気感である。それは西洋的な物語性や論理性・合理性に依拠するようなものではなく、ある種の不合理な、言ってみればスピリチュアルな体験だ。

 正直なところ、8年前に彼らのファースト・アルバム『チャッピーズ・ドント・クライ』を聴いたとき、こんなすごいバンドに成長するとは想像もできなかった。セカンドの『キング・マスター・ジョージ』は当時素晴らしい傑作と感激した記憶があるが、いまの耳には、いかにも幼く素朴に聴こえる。この時点まで彼らはまだレゲエやパンクが好きな、ただのロック・バンドだった。彼らが自覚的になったのは3作目の『ネオ・ヤンキーズ・ホリディ』からである。後にさまざまな名作群をともに送り出すエンジニア/プロデューサーとZAKとの出会いがきっかけだった。このときから、彼らはただ漫然と曲を書き演奏するだけのライヴ・バンドから、世界でも有数のレコーディング・バンドへと変貌していったのである。彼らは自分たちのプライベート・スタジオを作り、いっそうパラノイアックなスタジオ・ワークに没頭していく。その結晶が『空中キャンプ』(96年)『ロング・シーズン』(96年)『宇宙 日本 世田谷』(97年)という傑作群なのだ。彼らのレコードはただいい曲を書き演奏しているだけではない。楽曲や演奏はもちろん、アレンジやサウンドや録音のディテールも含め、レコード・メディアとしての完成度や新しさという点で、これほどのクオリティを持った作品はまれである

 だがヴォーカル/ギター担当でほとんどすべての曲を作詞作曲する音楽上のリーダー佐藤伸治はこう言うのだ。

 「レコーディングってあんま好きじゃないんですよね。性に合わないっていうか(笑)。ああいうふうにこもって長々とやるっていうのが。外で遊んでる方が楽しいし、ライヴの方が全然好きだし。ただ、作る音の都合上ーっつーか。(ふつうの)ロック・バンドみたいにポンとやって終わるってわけにいかないんで、仕方なくやってるっつーか(笑)。ファースト・アルバムみたいなほうが好きですよ、基本的には。完成した音は別としてね、やり方としては。みんなでせーのってやって、終わりっていう方が。ただ、自分の作ったものに満足がいかなくなってきて、満足いくように作ってるうちに、レコーディングに凝るようになってきた、ていう感じですかね。単純に自分の聴きたいものを作ってるから」

 なんとも肩すかしを食らわすような発言だが、たしかに彼らはスタジオでしか本領を発揮できないような内弁慶なレコーディング・バンドではない。しかし、たとえば初期の彼らのライヴが――ぼくの知る限り――――いかにもひ弱で線の細いものだったことを考えれば、彼らのレコーディング・バンドとしての成長とライヴ・バンドとしての成長は、パラレルだったのではないかと思える。去る6月7日に日比谷野外音楽堂でおこなわれたバッファロー・ドーターとのジョイント・ライヴは、現在の彼らのライヴ・バンドとしての充実をうかがわせるものだったが、それはおそらくスタジオでの凝りに凝った音響構築をそのままライヴで活かしきれるような機材の発達とノウハウ・人材の獲得に助けられてきた、という側面が強いのではないか。

 そうした彼らのライヴのあり方は、他のコンサートでの画一的な集団熱狂や興奮とは位相が異なっている。言ってみれば、聴き手ひとりひとりの心の中にフィッシュマンズの音が降りていく感じ。ステージ上のフィッシュマンズが作り出した音空間のなかで観客ひとりひとりが個として在る、といった様相を呈しているのだ。それはある種のテクノのパーティーなどで体験できるものなのかもしれないが、少なくともロックで、そのようなコンサートをぼくは見たことがない。フィッシュマンズのコンサートは観客のエネルギーを外に発散させず、内省に向けさせる。ぼくたちが克服すべき問題は、つねにぼくたち自身の中にあるのだ、というように。

 そんな彼らの特異性が示されたのが、『8月の現状』である。これは95年発売の『オー! マウンテン』以来2枚目のライヴ・アルバムであり、96年12月から98年3月に至る各地での録音を編纂したものだが、『オー! マウンテン』同様、素のライヴ・テープにスタジオでメンバーがダビング、エディット、リミックスなど大幅に手を入れたもので、いわばライヴとスタジオの中間的な作品と言える。

 「ライヴ盤で基本的につまんないっていうのがあるんですよ。出したところで。見に行った方がいいだろうっていう。音だけ聴いてもつまんないですからね。だったら音だけでも楽しめるようにした方がいいし」

――『オー!マウンテン』を出したときは結果的に移籍前の最後のアルバムになりましたね。移籍第一弾の『空中キャンプ』からフィッシュマンズはいろんな意味で大きく変わったわけで、『オー!マウンテン』はいわば区切りのアルバムとなったと思うんですよ。今回の『8月の現状』もそういう意味があるんでしょうか。

「いや全然ないですね。だいたい今回なんで出すことになったのかよくわかってないっつうか(笑)。正直言うと最初は全然ノッてなかったですよ。やっぱ新録音の方が楽しいから。作業終わったいまでもそう思いますけどね」

――困った人だなぁ(笑)。じゃあ、佐藤さんにとってこのアルバムの意義は。

「このアルバム作るときに一番考えてたことは、ライヴ盤なんだけど、ふつうの人が考えるライヴと逆っていうか、心の静まりみたいなものをライヴ盤で出したかった」

――ああ、ガーッと盛り上がるんじゃなくて。

「うん、盛り上がってるんだけど、その中での、内なる心の静まりみたいなものが出せればな、と。ライヴ中にみんなが何を考えているかっていうか(笑)」

――すごく穏やかな気分。

「ぼくはそれが一番好きかな。ライヴ中は。静かになるっていうか、一人になれるってい
うかね、ライヴって。それがすごく好きっていうか、気持ちいいっていうか」

――お客さんが何千人もいて、ワーッと盛り上がってても、一人を感じるわけですか。

「うん……ふだん人と接するじゃないですか。そういうときって、一人でいるときみたいな静かな心になれないんあですよ。そういう意味でライヴのときが一番ラクになれるっていうか」

――ライヴで、メンバーがいて、何千人もお客さんがいるような場で、初めて自分は自由になれる。

「うん、ありますね、すごく。歌入れのときにもたまーにありますけどね」

――そういうときに、バンドのほかのメンバーというのはどういう存在なんですか。

「……でも、一人じゃありえないからね。その感じを一人で掴むことはできないから」

――ほかのメンバーが支えてくれてお膳立てしてくれるから、初めて自由になれる。

「そうですね」

――ひとりでギター持って出てきても、そういう気持ちは味わえない。

「いまやりたいことの中では、たぶん無理ですね。歌詞とメロディだけでその感じをあらわせるわけじゃないし。いろんなことが味方してくれて初めて出来るっていうかね」

――以前、歌詞で言い尽くせないことを音楽であらわすっておっしゃってましたよね。それはメロディだったりサウンドだったり空気感だったり、そういうもの全部で「一人」の感じを出そうとしている。

「その中でしか味わえない感じがあるんですよ。それがいつでも出ればいいな、と」

 説明することが得意ではない。ひとつひとつの質問に対して打てば響くような答えが返ってくるわけじゃない。言葉を選んでいるという感じでもない。しかし寡黙というのではないし、もちろん気取っているのでもない。音でしか表現できないものを音楽で表現しているのだから、言葉で置き換えて説明できないのである。つまり彼は理屈で音楽をやっているのではない。本誌前号のボアダムスの記事に書いたことにならって言えば、フィッシュマンズ=佐藤伸治の音楽は、左脳を経由せず右脳と出口が直結している。だからこそ、ぼくたちはなにも考えることなく彼らの音楽に身を委ねることができる。物語性も論理性も合理性も斟酌することなく、皮膚感覚でのスピリチュアルな愉悦を味わうことができるのだ。それはいわば自らの精神の内部への旅なのである。

 「すごい、漠然とした人間なんですよ。だから自分のことがよくわからないんですよ。インタビューなんかでいろいろ聞かれるんだけど、答えられないんですよ。明確な答えなんかないし、出したくもない。そうじゃない音楽を作りたいと思ってるから」

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