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11/01/2004

Patti Smith (3)

  新作『トランピン』発表にともなうインタビュー。04年4月7日ニューヨークにて。ミュージックマガジン掲載分。『ドール』掲載分と併せてご覧ください

 パティ・スミスに逢ってきた。

 デビュー以来のつきあいだったアリスタからコロムビアに移籍、発表した4年ぶりの新作『トランピン』。一部では前作後に引退して絵を描くことに専念する心算もあったと報道されたが、8年ぶりにニューヨークの彼女のワーク・ルームで再会したパティは明確にそれを否定し、やむことのない激しい情熱と強靱な意志を、驚くほどの雄弁さで語ってくれた。母親を亡くし、ブッシュ政権の暴挙に心を痛めながらも、なお未来を信じて次の世代に希望を託し、声をあげ、行動することで世界を変えようとするポジティヴな姿勢は、すがすがしいまでに感動的だった。インタヴューは2時間近くにも及び、そのほんの一部しか掲載できないのがなんとももどかしい。現在57歳の彼女は、25年前と同じように若々しく魅力的だった。

――今作の最大のモチベーションは、ブッシュ政権への怒りと聞きました。

「今の政治的現状を考えると、今はみんなに次の大統領選挙で投票に行ってもらうことが一番大切なのよ。最近のアメリカがやってきたこと――イラクへの攻撃は、決して正当化されるべきものじゃない、と私は信じている。ロックンロールは、世界情勢について考えていること、思っていることを声に出して表現する、とてもいい形だと思う。だから、私にとって"今"は、レコードを作るのに素晴らしいタイミングなのよ。歌にすることはたくさんあるから。ロックンロールは、みんなにメッセージを伝えるという意味では、非常に適した表現の仕方だと思うわ。

 具体的に言うと、このアルバムでは、いくつかの違った点に対して私はリアクションを表現している。ひとつめは、ブッシュ政権の政策への反発。ふたつめは、私の母の死。私は亡くなった母のことを想っていたし、私自身も母親だから、このアルバムの中のいくつかの曲は、<母親像>ついて歌っているの。アルバムの中の"マザー・ローズ"という曲は、私の母親に捧げた曲だし、"カートウィールズ"は、私の娘に対する曲。でも同時に、このアルバムの中には<みんなで団結して、反戦/平和運動のシーンを作り出さなければならない>といったメッセージもある。そうするために、まずアメリカ人としての使命は、次の大統領選挙に行って投票することだと思うの。世界の現状に対しても意識するべきとも思うし。今回のアルバムには、そういった政治的メッセージと、<母親の美しさと犠牲>へのオマージュの意味も込められているの」

――どんなに絶望が大きくても、それを圧倒する希望を持つことの大切さをが感じました。

「そうよ。もちろんよ。<母親>は、<誕生>や<出産>を象徴するものだから。"レディオ・バグダッド"という即興の曲があるんだけど、あれをスタジオで作った時、歌詞は用意してなかった。でも、いざスタジオに入って即興で歌い出すまで、あの曲が<母親の視点>から見た曲になるなんて思ってもみなかったけどね。世界中の多くの伝統的な文化の中で、母親は非常に重要な位置を占めるのよ。ライオンなんかもそう。子供のために餌を探しに行くのは母親の役目。子供を産むのは、もちろん母親の役目よね。世界中の様々な文化では、一族の歴史を次の世代に伝えていくのも母親の役目。アメリカ・インディアンにおいてもそう。"レディオ・バグダッド"は、まさにそういったことを歌っているの。バグダッドに爆弾が降る夜に、母親がバグダッドの歴史、科学、宗教などについて子供に話しながら、子供を寝かしつけようとしている。母親というものは、どれだけ苦悩があろうと、痛みを感じていようとも、希望を持っていたいの。だって自分の子供たちに、より良い将来を希望するのが母親というものなんだから」

――「レディオ・バグダッド」から思い起こされるのはやはり76年の「レディオ・エチオピア」です。その2曲の間で、いったい何がどのように変わったか教えていただけますか。

「あの2曲の間には、長い時間が経ってしまっているのだけれど、やっぱり類似する点はあるのよ。両方とも即興で作った曲だし。"レディオ・エチオピア"を作った時、私は当時のエチオピアの飢饉と内戦の問題をとても心配していた。何百何千といった子供たちが飢餓状態で死んでいったのよ。"レディオ・エチオピア"は"レディオ・バグダッド"よりちょっと抽象的だけど、やはり社会問題から生まれたロック/ジャズ風の即興の曲だった。"レディオ・バグダッド"はアメリカのバグダッド爆撃の犠牲になっている子供たちについて歌っている。だけど一番大きな相違点は、"レディオ・エチオピア"を作った時、私自身には子供がいなかったことね。だから今回の"レディオ・バグダッド"における私の母親像への感情移入、共感は、一段と強かったはずよ。もちろん、誰でも子供たちには安全でいて欲しい。だけど、自分自身の子供を持ってしまったら、もちろん、その感情はもっと強烈に強くなるのは自然なことだと思う。目の前で子供が車にひかれるのを目撃してしまったら……その子は自分の子かもしれないのよ。すべての子供が、自分の子供とダブってくるのよ。子供たちが飢えているのを見るのは、本当に恐ろしいことだわ。自分の子供が、あそこで飢えているかもしれないのよ。そういった意味で、私は他の人たちに対する思いやりや共感といった感情をもっと強く持つようになったと思うわ。"レディオ・エチオピア"を作った時も私は社会問題を気にする人間だったけど、あのころはもっと自分中心に物事を考えていたと思う。私も若かったしね。あのころに比べたら、もっと人間として成長したと思うわ」

――いまのイラクの情勢はベトナム化しているという意見もあります。

「ベトナム化、内戦化してきているわよね。イラク爆撃に関しては、ことが起こる何ヵ月も前から私は反対運動に参加していた。できる限りのことはしたつもりよ。いろんな場所でラリーをしたの。ワシントンDCでも。だけどメディアからは全然取りあげてもらえなかったわ。ヨーロッパにも行って、フランスでもラリーに参加した。いろんな場所へ行って、アメリカ市民としてできる限りのことはしたの。アメリカがイラクに対して行った行動は、とてもひどいものよ。私たち(アメリカ人/アメリカ政府の意味。以下同)は、イラク文化を理解しようとしてなかった。あのころのイラク政権がどんなにひどいものであったとしても、私たちに勝手にイラクに行ってかき回す権利なんてない。私たちは招かれてイラクに行ったわけではないのよ。ああいうふうに突然勝手に乗り込んで行って、他の国の人々をあんな混乱状態にぶち込むなんて。私たちは、あの国を以前よりひどい状態にしてしまった。見てごらんなさい。イラクの人たちがおかれた悲惨な立場を。私たちがそうしたのよ。イラクの人たちだけじゃないわ。私たち国民の立場もよ。あなたたち(日本)の国民もよ。日本人が3人、イラクで人質になってしまったじゃない。知ってた?(インタヴューの当日に報道された) イラクでは、もう内戦が起こり始めているのよ。アルバムの中の"レディオ・バグダッド"の中に、<わたしたちはゼロを発明した>というラインがあるの。イスラムの数学者がゼロを発明したからなんだけど、その続きは、こう。<わたしたちはゼロを発明した/でも、わたしたちは無価値>って。それって事実なのね。ブッシュ政権はイラクの人々のことなんか気にもしてなかった。関心があったのは、石油のことだけ。もし、ブッシュ政権が、本当にイラクの人々のことを思っていたのだったら、彼らの文化を総体的に理解しようと努力したはずよ。もう、何と言えばいいのかしら! もう私にできることは、歌を歌って、祈ることくらいよ。状況がよくなるように祈って、イラクの人々が、私たちを許してくれるのを望むのみ。ルワンダを見て。あの時もそう。私たちは、あの時も悲惨な結果だけを残して、あの土地を去ったのよ。私は、第二次世界大戦が終わってすぐ生まれたのね。私の父は、フィリピンで戦った兵士だった(注:『ガン・ホー』のジャケット写真の人物)。当時の平均的なアメリカ人で、自分の国への義務だと思って戦争に行って戦ったわ。だけど、長崎と広島に原爆が落とされたことを知って、私の父は愕然とした。彼はアメリカ人だったし、兵士でもあったから、彼の名前のもとに、そういう悲惨な行為が犯されたことに大きなショックを受けたのよ。私がまだ小さいころ、父はその話しをしてくれたわ。だから、私は子供のころから、アメリカ人として罪を犯した申し訳ない気持ちで、自分の人生のスタートを切ったのよ。悲しいことよ。だってアメリカって本当は美しい国なんだから。可能性もいっぱいある若い国だし。でも、アメリカ人として考えると、もちろん自由もチャンスもたくさんあるんだけど、センシティヴな人間だったら感じてしまうような、そういう肩にのしかかってくる重荷にも耐えていかなければならないの。次々にアメリカ政府が起こす、大きな間違いや、欲深い決断、残虐な行為のためによ。私の人生を振り返っても、原爆を落とした日本に対してすまないと思っているし、ベトナム戦争にも、ルワンダにも、もちろんイラクの人々にも申し訳ないと感じている。ただ私たちは、<いい人間>でありたいと願っているだけなのに。なのに、そういった重荷が、肩にドンドンのしかかってくるの。アメリカ人であるがためによ……」

――私はアメリカの文化……音楽や映画や文学などが大好きで、大きな影響を受けてきました。そんな素晴らしい国が、国家という単位になると、なぜ同じ間違いを何度も犯してしまうのか、不思議でなりません。

「まったく。とても残念なことなんだけど、アメリカ政府というのは、大企業との結びつきがとても強いからなのよ。そこから生まれてくる、金、欲望、パワーといったものを、アメリカ政府はそのまま反映している。アメリカ政府が持つ<欲望>が、アメリカ国家を滅亡させる原因になると私は思うわ。欲望ゆえに、産業界は、私たちの周り、そして世界中の環境破壊を行う。欲望のせいで、イラクの石油を狙って、イラクを攻撃したのかもしれない。欲望のせいで、パイプラインを狙って、アフガニスタンへ行ったのかもしれない。アメリカの持つ<世界一の経済大国>という看板をキープするため、と言うバカげた経済大国愛国精神が、遅かれ早かれ、アメリカの精神、文化の滅亡へと繋がっていくんじゃないかしら。すべてが、金とパワーの上に成り立っている。国民の中に大きな変化がおきない限り、それは続くと思うわ。もう次の世代に希望を持つしかないのかもしれない」

――いまのアメリカの不幸というのは、あなたの言うことに耳を傾ける人たちと、ブッシュ派の人たちがまったく乖離していて、接点がないことだと思います。あなたがいくら声を大にして訴えても、それを聞いているのは、最初から反ブッシュ派の人しかいない気がします。二つの対立したものが、接点を持たず並行したまま、事態がどんどん悪化している。

「本当に、あなたの言った通りだと思うわ。私は、アメリカより日本での方が名が知られていると思う。これだけ長い間活動してきても、まだ私はどちらかと言うとアンダーグランド・アーティストよ。というのも、私の音楽は議論的過ぎるし、私の政治的態度のために、ラジオでは流してもらえないから。でも今作では、コロンビアという強いレーベルに移籍したし、コロンビアも私の立場を考えてくれている。そして変化を求めている人間も増えているから、今作はいままでに比べて、もっと多くの人たちが聴いくれると願っているわ。今回のアルバムに伴って、いままで以上にアメリカ・ツアーにも力を入れるし。今回のツアーでは、全米各地のコンサート会場に選挙関連のブースを設置して、秋の大統領選に向けみんなの意識を高められたら、と思っている。あなたが言うように、対立するグループの人たちの考え方を変えることはできないかもしれないけど、少なくとも、私と同じ考えを持っていても、何も行動を起していない人たちを目覚めさせることはできるかもしれない。投票に行ったことない人とか、政治にあまり関心がない人たちの中に、今回の私のレコードを気に入ってくれてとか、私の考えに同調してくれて、私のコンサートに来てくれる人が、百万人くらいいるかもしれない。そういう人たちを目覚めさせることは、少なくとも私にできるかもしれないと思っている。他の人たちの気持ちを変えることはできなくても、同類を目覚めさせることはできるかも。アンダーグランド・シーンていうのは、いつの時代にも<地下から育っていく植物の芽>のようなものなのね。土の下に埋まっている小さい植物の種が、どんどん育って、ある時パッと土から芽を出すの。環境問題や戦争問題、精神的な物事に対して声をあげていたり、反対運動している人たちは誰でも、この小さい植物の種なのよ。この種は、決して死ぬことはないわ。育って、育って、地上に植物の芽として顔を出すのよ。そしてまた満開の花を咲かせるの。この過程は、何度も何度もくり返されていることなの。そして私たちはいま、この新しい種なのよ。だから諦めることなんかできないのよ」

――同感です。ですが例えば、ビルボードの上位にくるような人が同じように声をあげて発言すれば、また状況も違ってくるかもしれません。なぜ、みんな口をつぐんでしまっているのでしょうか。

「もしかすると彼らは、私が考えているようには考えていないのかもしれない。あるいは、彼らは怖れているのかもしれない。やはり影響の重大さ、というものはあるしね。この国は、発言の自由が許されている国よ。だけど、その発言に対してバッシングされること もあるし、いろんな罰し方もあるのよ。私の持つ見解のために、私の音楽はラジオでかけてもらえなかったりね。そうやって、どんどん端に追いやられてしまうことも実際にあるの。だけど、私は個人的にそんなこと気にしてないから。私の音楽をラジオでかけないなら、別にそれでいい。私は自分のキャリアのために、決断したりしないから。キャリアを期待したこともないし、ロックで金持ちになったり、名声を得ようと思ったこともないわ。私はただ、自分が信じることだけを声に出しているだけなの。それで、過去に問題に巻き込まれたこともあるし、これからも巻き込まれるかもしれない。でも、ロックの持つ美しい一面って、私にとっては政治的な声なのよ。そしてアーティストが、それを利用していないのは、悲しいことだわね。70年代に"ビコーズ・ザ・ナイト"という曲がそこそこヒットしたのね。当時、あの曲の成功のせいで、人からよく言われたわ。<シングルが売れたから、キミも変わっちゃうね><セル・アウトしちゃったなあ>とかね。<そんなの無茶苦茶じゃない>って思ったわ。私はシングルが売れてくれてハッピーだったの。だって、売れてくれたら、もっと多くの人たちに近づくことができるじゃない。今回のこのアルバムの中から、1曲でもヒット曲が出てくれたら、私は大喜びよ。純粋に嬉しいし、もちろん経済的な理由もある。それからこれが一番大切なんだけど、ヒット曲があると、もっと多くの人たちが、私の音楽に耳を傾けてくれるようになるし、私の意見に興味を持ってくれる人も増える。私も成長して、人間として、いろんなことを学んだ。私が発言することで、願わくば、人が助けられたり守られたりすれば、と思う。私はそういう目的のためにしか、発言しない。ほかに動機なんか何もないわ。見ている人たちが真似たくなるような、自堕落な態度や退廃的な姿を映し出すようなことは、決してしない。だって、私は生きるのが好きだから。私は、若い人たちが死んでいくのを何度も見た。夫も亡くしたし、弟も亡くしたし、親友を何人も亡くした。ほんとうに多くの人たちが死んでいったわ。そこから私が学んで、声を大にして言えるのは<生きることは素晴らしい>ということよ。もちろん困難なこともあるわ。私はそれを身にしみて感じている。本当に辛い経験を何度もしてきたから。でもその辛い経験があるからこそ、いま、生きていて本当に幸せだと感じるのよ。もう一枚絵を描ける幸せ。もう1曲書ける幸せ。娘と一緒に笑える幸せ。――そうして生きていくことが、私は大好きなのよ。だから、私が他の人々と共有したいのは、私たちの生活をより良いものにするためへの道/方法なの。そうしながら、同時に楽しむことだってできるんだから。私だって、まだまだ反骨精神だって持ってるのよ。頭の固い、クソ真面目人間になったわけじゃないんだから。まだまだギターをアンプにつないで、大音量でギターをかき鳴らすことだってあるんだから。そして、その一方で、娘の洋服を洗濯したりもするのよ。娘のためにスープも作るし、ムードが乗れば、ギターだってまだまだ壊すわ。私たちには、いろんなことができるのよ。とにかく……ああ、質問が何だったのか忘れてしまったわ。ごめんなさい(笑)」

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