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11/09/2004

レピッシュ

 96年のライヴ評。フールズメイト掲載。

 レピッシュのニュー・シングル「記憶喪失」はとても良かった。アーティストとしてのレピッシュのポテンシャルの高さが十分伺えたし、ロックらしい破天荒な魅力にも富んでいた。そしてこの日見たコンサートも、それに見合ったものだった。白一色の簡素なライティング、シンプルなステージ・セットは、これまでになくハードでシャープなレピッシュの表情を伝えてくる。曖昧な中間色のない演奏も見事に引き締まっていた。

 だがその一方で、ぼくは奇妙な感覚にとらわれていた。観客の中に男がほとんどいないのだ。レピッシュの音楽が特に女の子向けであるとは思えない。もちろんある種のパンク・バンドのように男っぽさを前面に押し立てるタイプではないが、その音楽性の高さや演奏力は、むしろ硬派の男のファンを引きつけてもいいはずなのだ。

 だが現実にレピッシュのファンの大半が女の子である。ぼくはコンサートの間、それがなぜなのかずっと考えていた。おぼろげに感じたのは、彼らには聴く者を圧倒するような肉体性に欠けるということ。

 もちろんステージでの彼らは元気そのものだ。とんだりはねたり、エネルギーが充満している。長丁場のコンサートをダレずに見せる体力もある。でも、彼らのパワーやエネルギーは少年のものであって、成熟した男のものではない。引き締まった肉体や骨格をしていても、オトナの男のような逞しい筋肉やドスの効いた迫力は感じられない。見ていてキビキビしていて好感は持てるが、「こいつらにはかなわない」と思わせるような強さがないのだ。

 たとえばブランキー・ジェット・シティは全然ちがう。彼らの肉体はオトナの男の匂いをプンプンさせている。だから同性はその姿に憧れる。男が男のロック・スターにのめりこむのは、ひとえに対象への憧れなのだ。ブランキーにはそれがある。だがレピッシュには、若い女の子を夢中にさせるようなやんちゃ坊主的な魅力はあっても、大の男を狂わせるようなスケールやカリスマ性がないのだ。

 ぼくは単にないものねだりをしているだけなのかもしれない。でも今のメジャーでこんなにクオリティの高い演奏を聴かせるバンドは、そうそういないはずだ。そんなバンドのコンサートに同性の姿を見ることができないなんて、実にもったいないし寂しい、と思った次第。

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