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11/02/2004

塚本晋也

 『六月の蛇』公開時のインタビュー。DVDボックスセットが出るので、自作について語っている。HMVフリーペイパー掲載。03年執筆。

 平凡なサラリーマンが金属に浸食されていく『鉄男』(89年)、ボクシング映画の極北『東京フィスト』(95年)などで全世界を驚倒させた鬼才・塚本晋也。都市に於ける肉体の復権をテーマに、寡作ながら、鉄と暴力と血にまみれた斬新な感覚の傑作群を送り出し、日本よりもむしろ海外でカリスマ的評価を受ける塚本が、最新作『六月の蛇』で新たにテーマに選んだのが「エロス」だ。セックスレスの夫婦とストーカーの男を巡るドラマという、かれこれ20年近く暖め続けてきた題材を描いた『六月の蛇』は、塚本にとって新境地であると同時に、いかにも彼らしい孤独と痛み、解放と喜びに満ちた傑作である

 「今までの映画にもエロスはあったんですよ。そもそも『鉄男』もエロ映画を作ろうとしたものだったし、どの映画にもエロスが出ている。むしろエロ映画と謳ってないほうが自分の本当のエロみたいなものが入れやすかったりする。今回はエロ映画と謳いながら、逆にどっかで、作ってる最中はなるべくエロから遠のこう遠のこうとする作用が働いたような気がしますね」

 6月の降り続く雨。そのじめじめした空気の中で繰り広げられる背徳のあえぎ。だが監督の言う通りそこにはエロスの快楽や喜びは希薄だ。ここで主人公の夫婦が対面するエロスはタナトスに近い。ひとつの痛みであり、傷であり、死であり、孤独や寂寥感である。それは人間が都市の中で生の実感と肉体を喪失しているあらわれでもある。精神と肉体の激しい痛みを通過儀礼として、ふたりは覚醒し、ネクスト・レヴェルに突き抜け、解放されていく。塚本映画共通のモチーフが、ここではいっそう鮮烈に、美しく描かれる。

 「都市生活を送っていると、自分たちが生きたり死んだりすることを忘れてる感じがする。夢の中に自分たちが生きてるような曖昧な感じ、生死に関わることも曖昧な感じに思えちゃうような。人間は生きたり死んだりするってことを気づくためには、肉体を持ってることに気づかなきゃだめだから、つねると痛くて夢じゃなかったっていう、痛みを味わう必要がある。それは"現実"であると思うんで。その痛みを思い起こさすために、映画を通してハンマーでお客さんの頭を叩くような雰囲気で映画を作ってるところがある」

 とはいえ、これまでの塚本映画の、大音響のインダストリアル・サウンドや怒声とともに全力で走り抜けていくような躁病的なテンションとはちがい、静的な中にも冷たい緊張感を感じさせるような印象がある

 「なんかいつも話が大きくなっちゃうんですけど、一回なるべく小さな話を作りたいとずぅっと思ってて。だんだんちっちゃくして尖らせていくみたいな方向に行って、登場人物も少なくて、できたらアクション映画みたく動かないのに、お客さんが緊張して見ていられるようなもの、という気持ちがありました。それで静かなものになった。けっこう登場人物も動いてはいますけど、なんとなくお互い絡み合うこともなく、ひとりひとりが孤立しているようなイメージ。なおかつテーマも描けてお客さんも飽きないようなものをやっていきたいというのは強くありましたね」

 フランスの文芸映画のような雰囲気もあるが、むしろ印象としては60年代、当時もっとも先鋭的な映像作家であり、現在再評価の進む若松孝二らの作っていたピンク映画の傑作群に近い感触に思えた。これまで塚本映画のハイ・テンション、ハイ・ヴォルテージのイメージを形作っていた石川忠の音楽も、今回は抑えたトーンで主人公の孤独と痛みをあらわしている。モノクロームの画面を青く染めた、深く沈み込むような映像美も、映画の冷たく静かなトーンに一役買っている。

 「最初はただのモノクロにしようと思ってたんですよ。ヘルムート・ニュートンとか好きだったんで、自分が裸を撮るならモノクロだと。なぜ青を選んだかっていうと、意味的には水をイメージしたんですけど、白黒と混ざると青があまりきれいに出ないで、コンクリートに滲みちゃったような青になったものですから、いっそういいやと思って。都市に降り注ぐ雨のイメージですね」

 クライマックス、ヒロインは絶叫する。それは都市でスポイルされていた肉体の解放であり、生命の復権の叫びでもある。

 「ぼくはあの絶叫は脚本にも書いてないし、当日現場で黒沢(あすか)さんに"叫んでいいですか"って言われるまで考えてもいなかった。段取りを組んでただけなんで。"トンでいいですか"っていうから、ああ、ぜひトンで欲しい、"叫んでいいですか"、あっ、それこそやってほしいっていう。でも今考えると、あのシーンを撮りたくてやったんじゃないか、あの絶叫を脚本のポイントにして全部のストーリーがあるんじゃないか、と思えるぐらいの絶叫なんですよ」

 監督の期待値をはるかに上回るマジックが起きた『六月の蛇』。これは塚本にとって新たな到達点であると同時に、代表作となるにちがいない。次回作もすでにプロットが完成。夏には制作に入る予定だという。

 「2年ぐらい前から都市ってものが窮屈になってきて、外に出て自然みたいなのを見たいと思って。『鉄男』とかで、都市と肉体とかやってるほうが、そもそも自分の中では異色なんですよ。でもいろいろあって都市の中で悶々としているうちに『六月の蛇』をやろうと思ったんですけど、もう1本ぐらい都市と肉体ものをやろうと思います。なんか、肉
体の内部にさらにもっと入ってみると逆に自然に近づけるかな、と。具体的には自分という肉体がどこから来たのか、興味を持った医学生の話。医学生ものは『ヒポクラテスたち』とか有名な作品はありますけど、まあどうせ自分が作るんで。ボクシング映画というと普通『どついたるねん』が浮かぶのに『東京フィスト』を作った、みたいね(笑)」

BOXコメント
 どうしても過去を振り返っちゃうタイプではありますね。今までこうだったから今後どうしよう、と。そういう自分の作品が、こういうきっかけで、命が吹き込まれて、新しくなっていく。なにもしないと倉庫の中でどんどん黴びて古びていくけど、DVDになると全部きれいに作り直して、作品の寿命が延びる。ぼくは作品数も少ないし、ほとんど自主制作で一個一個3年も4年もかけて作ってるから、それぞれに愛着も強いんですよ。


「電柱小僧」 
塚本が率いていた劇団「海獣劇場」の演目を8ミリ映画化したもの。大きな電柱を背中に生やした少年が、吸血鬼に支配された世界を救う。87年、27歳のときの作品。88年PFFグランプリ。「観客が参加できるジェットコースターのような映画を作ろうと思った」

「鉄男」
 89年公開、ローマ国際ファンタスティック映画祭グランプリ受賞。「自分としては、変わったことやっちゃったなぁ、という作品」本作に魅せられたナイン・インチ・ネイルズが塚本をPV監督にと再三ラヴ・コールを送るが、現在に至るまで実現していない。

「ヒルコ 妖怪ハンター」
 。いきなりメジャーの松竹で撮った91年作。諸星大二郎原作の伝奇ホラー。いつも音楽以外ほとんどひとりでやる塚本には珍しく脚本と監督しか手がけていない。「鉄男」とはまるで毛色がちがう作品。「少年ドラマシリーズで夏が好きだったんで、そういうものを」

「鉄男II」
 いわゆる続編ではなく、まったく新しいストーリーによる第2弾。93年作。「最初は違う話だったんですけど、スタッフの若い子にミニストリーを渡されて、聴いたらけっこうイメージにぴったりだったんで、それで脚本とか全体の雰囲気がずいぶん変わりました」

「東京フィスト」
 「鉄」から、精気迸る生身の肉体に焦点を当てた95年公開の第4作。壮絶なヴァイオレンスであり、かつラヴ・ストーリーでもある。「『鉄男』の海外取材で"いかにも東京らしい"って言われて、初めてコンクリートに囲まれた自分ってものを意識して作ってみた」

「双生児」
 再びメジャー資本による99年公開作。江戸川乱歩原作。「10代のころ、寺山修司さんや、とくに唐十郎さんのお芝居をたくさん見て、影響はあると思いますね。あとは篠田正浩さんの映画『心中天網島』とか。白塗りの人が出てきたり、黒子みたいなのが出てきたり」

バレット・バレエ
 公開はあとだが、製作は『双生児』より先の99年作。「拳銃」をモチーフとした中年男と少女の暴力と再生を、かってない叙情的なタッチで描く。ブランキー・ジェット・シティの中村達也が好演。「なかなかシナリオができず、長く時間がかかって苦労した作品」

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