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11/02/2004

Wire

04年初頭に来日したワイアーのインタビュー。THE DIG掲載。

 掛け値なしに最高のライヴだった。12年ぶりの新作『Send』をひっさげて2度目の来日を果たしたワイアー。ノスタルジーのカケラもない、完全に現役第一線の演奏だった。とても平均年齢53歳を超えているとは思えない尖りまくったライヴだったのだ。『Send』に通じるハード・エッジなロックだったが、終始ヒリヒリとした緊張感とすさまじいテンション、溢れんばかりのエネルギーに圧倒された。これぞパンク、これぞニュー・ウエイヴ、これぞオルタナティヴ。世のハンパなポスト・ロックだの音響派だのは彼らの前では日向の雪のようにあとかたもなく消えてしまうだろう。

 ぼくは78年3月、ロンドンでワイアーのライヴを見ている。とにかく異様だった。ステージ前でパンクスたちがピョンピョンとポゴ・ダンス(噂には聞いていたが、実際に見るのは初めてだった)を飛びはね、バンドに向かってペッペッと唾を吐きかける。唾の嵐の中、カッと目を見開いて微動だにせず歌うコリン・ニューマンvo,gの姿は強烈に印象に残っている。26年たって初めて対面したコリンは、ライヴでのアグレッシヴさが想像もできないような温厚な紳士だった。

 「確かに当時はみんなあんな感じのライヴをやっていたな。でもぼくはあれが大嫌いでね。なかには客を煽ってやらせてるバンドもいたが、ぼくはごめん被りたかった。一応バンドへ敬意を表しているらしいんだけど、唾を吐きかけて敬意もないもんだよね。ぼくらはパンクには関わりない。というより、パンクというムーヴメントは存在しなかった。あったのはセックス・ピストルズというバンドと、ピストルズになりたかったその他大勢のバンドだけだ。オリジナルでありたいと思う連中が、ほかの誰かになりたいなんて思うわけない。ワイアーだってそうだ。人の真似なんか絶対にしないということさ。

 ワイアーは76年の結成だけど、本当の意味でのスタートは77年だと思ってる。当初は5人組だった。ジョージ・ギルという男が始めたバンドだったんだけど、彼以外はみなミュージシャンとは言えなかった。みんなチューニングもマトモにできないような初心者だったんだ。でもそのなかで唯一マトモに楽器が弾けたのがジョージで、彼だけが伝統的なロックを志向していた。でもぼくらのやりたかったのは、旧来のロックにはない新しいエネルギーを注ぎ込んだ音楽だった。結成当初はまだ伝統的なロックンロールのしっぽがまだ残っていたんだけど、77年にジョージが脱退して、ベーシックなアイディアだけが残った。そこで『ピンク・フラッグ』にあるようなワイアーの音が確立したんだ。それでも、『ピンク・フラッグ』はいま聴けばまだけっこう伝統的なロックの形を引きずっているように聴こえる。でも当時としては一種のミニマリズムを追求した画期的なものだったと思う。ただワイアーがバンドとして本当に飛躍したのはセカンドの『チェアーズ・ミシング』だね。あのころは、短期間に急激にバンドが良くなっていることをヒシヒシと感じていたな」

 パンクとの関わりを執拗に否定していたのが印象的だったが、ブームに便乗した「その他大勢の物まね連中」とはちがう、という強いプライドゆえだろう。ロックの先祖帰り的な熱気を謳歌するパンク・ムーヴメントのさなかに、「ロックでなければなんでもいい」という言葉を吐いて、20年早いとびきりクールな「元祖ポスト・ロック」をやっていた連中なのだ。むかしのワイアーやコリンのソロをそっくり物まねしているような連中が「最新型」としてもてはやされている風潮が、彼らのプライドを刺激したのは想像に難くない。10年ぶりの再結成について訊いてみた。

 「第2期ワイアーは80年代の終わりからガタガタし始めて、結局ロバートが抜けて3人でアルバムを作ったりしたけど、当時のシーンとぼくらのやりたいことがうまく一致しなくて、やめることにした。もう2度と一緒にやることはないと思ったけど、99年になってミュートのダニエル・ミラーからメルトダウン・フェスティヴァル出演の依頼があった。でもこれはロバートが乗り気じゃなくて、流れた。そして00年にロイヤル・フェスティヴァル・ホールの"Living Legends"というライヴのオファーがあった。タイトルはちょっと抵抗があったけど、かなりお金もかけて大がかりにやってくれるということなのでやることにした。2週間リハーサルして臨んだんだけど、新しいエナジーがそこから生み出されてると実感して、ライヴだけでなくレコーディングもやることにしたんだよ。

 ぼくは自分のレーベルもやっていて、最近のコンテンポラリーな音楽もチェックしている。確かにポスト・ロックとかエレクトロニカとか言われてる音楽は、むかしのワイアーやぼくのソロにそっくりだ。でもそういう風潮に後押しされて今回の再結成になったわけじゃなく、むしろポスト・ロックのあとに、またロックのエナジーが戻ってきてるんじゃないかいうことを感じて、いまこそやるべきじゃないかと、ブルースと話し合ったことを覚えてるよ。ロンドンにいると、そういう空気を肌で感じるんだ。

 『Send』はだから、ダンス・ミュージックのリズムを取り入れながら、音はロックっぽく仕上げてある。いわばロックとダンスが衝突することで、新しいなにかが生まれているんだ」

 バンドがスタートしてすでに25年以上。スキルがない、セオリーを知らないがゆえに新鮮な閃きに満ちた音を作っていたワイアも、キャリアを積みスキルを得てきた。そのことで音楽への取り組み方は変わってきたのか。

 「そんなうまくなってるとは思えないけどなあ(笑)。うまくなったのはマックG4の扱いだけだよ(笑)。ギターなんてノイズを出せればいいと思ってるし、テクニックを磨くなんてある種馬鹿げた行為だよ。うまいプレイヤーが集まればいいバンドになるってわけじゃない。ワイアーはワイアーの音楽をうまく弾くことができる。それで十分だ。ぼくらの音楽する姿勢は、何も変わっていない」

 ポスト・ロック系のみならず、最近になってLAの若手オルタナ系ヘヴィ・ロック・バンドS.T.U.N.が『ピンク・フラッグ』収録の「ロイターズ」をカヴァーするなど、若い世代からの再評価は著しい。そんな風潮をどう思っているのか。ちなみにコリンはS.T.U.N.のカヴァーは知らなかった。

 「確かにいろんなバンドがカヴァーをやってるよ。でもロクな演奏がないね。お金は入ってくるけど、複雑な気分だよ。そのうち誰かがそうやって大ヒットを飛ばして大金が入ってくるかもしれないけど、もしそれがクソみたいなカヴァーだったらイヤだねえ。いくら自分たちの演奏じゃないとはいえ、一生そのイメージにつきまとわれてしまうんだから」

 驚くほどの純粋さである。彼らはあらゆる意味でアーティストそのものであり、凡庸で制度的なポップ/ロックとは完全に一線を画していることがわかるだろう。そんな彼らの理念を端的に表現するものとして、あらゆる場面で引用される「ロックでなければなんでもいい」という言葉について、改めて語ってもらった。

 「その言葉を実際に言ったかどうかは覚えていない。でもそれは真実だよ。ロックンロールはアメリカで生まれた。アメリカにとっては一種のフォーク・ミュージックなんだ。つまり伝統に根ざして、世代から世代へと受け継がれるものだ。でもぼくらの音楽はそうじゃない。ワイアーはワイアーにしかできない音楽をやってる。だからいくらカヴァーされようがそっくりな音楽が出てこようが、決して受け継がれることはない。そういう意味で、われわれの音楽はロックじゃない。まったくもって正しい発言だと思うよ」

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