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07/09/2006

第8回フジロック(2004)

ミュージックマガジン2004年9月号掲載。

 とりあえず、楽しいのはわかりきっている。ほかでは代替が効かない、特別なものであることも、みなよく承知している。だからこそ、要求水準は高くなるし、文句も言いたくなる。現在のフジ・ロック・フェスティヴァルは、そういう状況なのではないか。

 今年から三日間通し券しか売らないというシステムとなったことがまず賛否両論を呼んだわけだが、これは、以前から主催者が理想として掲げていたものだ。もうひとつの理想がライヴ当日まで出演者を一切発表しないというものだが、キャンセルとなったモリッシーの代わりのバンドを当日のその時間まで発表しなかったことがそれと関係しているかどうかはわからない(これを書いている8月3日現在、この件に関する主催者のコメントはない)。その代替バンドがスミス・トリビュート・バンドというフェイクだったことで、一部のファンの不興を買うことになった。ぼくは大笑いしたクチだが、関連掲示板では「ファンをナメた行為」「フジには失望した」などという感情的な書き込みも多く見られたのである。シャレがわからない人たちが意外に多いんだな、というのがぼくの実感だが、どうやらそうした人たちの不満は、ギリギリまでTBAを発表しなかったので予定が立てられなかったことにあるらしい。気持ちはわかるし、確かにこうした発表の仕方は配慮に欠けていたかもしれないが、事前にきっちりスケジュールを決め、その通り動くなどという時間に追われた余裕のなさは、ある意味でフジ・ロックの理念にもっとも反しているとは言えないか。そうしたせせこましい日常を離れてのんびり楽しもうというのがフジのコンセプトであるはずだからだ。

 運営面では、雨でぬかるんだ道にウッドチップをまいて歩きやすくする、あるいは男性用トイレの設置など、細かい点で改善が見られたが、いっぽうで一部アーティストの出番時間が直前に変更され告知が徹底せず混乱したとか、ステージや施設が増えるたび増員されるスタッフの質のバラツキ、クルマを使わないと行けない第2駐車場(しかも駐車場へのシャトルバスは25時で終わってしまう)などの問題点も報告されている。イヴェントとして規模が大きくなりすぎたゆえの弊害は確かに見られるし、それにともなう経費の増大、同種のイヴェント増加によるアーティスト・ラインナップの相対的な弱体化と動員の低下、不景気によるスポンサー離れなど、フェスの存続に関わる重大事が、頭をもたげてもきているようだ。多少規模を縮小しても、なんとか無理のない形でいつまでも存続して欲しい、とはこのフェスを愛するすべての人たちの願いであるはず。どんなに快適な環境でもなにかしら不満は出る。だが完璧なフェスなどありえないし、あったとしても息苦しくて居心地が悪そうだ。フジに求められるハードルはとてつもなく高い。8年目を迎え、このフェスは転換期にあるのかもしれない。

 前置きが長くなった。昨年同様雨にたたられたものの、まずまず快適に過ごせた3日間。誰もが納得するような大物や注目株の出演が少なかったぶん、ふだんなら見過ごすようなアーティストや期待していなかった無名バンドのライヴを見る機会が増え、発見も多かったのは、思わぬ副産物だった。

 まず初日の朝一番のオレンジ・コートで見た赤犬。大阪出身の雑食音楽集団で、渋さ知らズからサブカル臭さを抜き、もっと徹底的に馬鹿にしたようなスカムでジャンクな爆笑パフォーマンスを展開。朝一番でアカの他人のちんぽを見させられるのはどうよとも思ったが、下品なの大好きなオレは終始ケイレンしながら見ていたよ。ハードコア、アニメ、ジャズ、演歌、アイドル歌謡、プログレ、スカ、ディスコまでなでもありな音楽性も、小難しいリクツやアカデミズムが皆無なぶん、無条件で楽しめた。

 また、二日目朝一番のオレンジ・コートでトラヴェラーズを見た帰り道のフィールド・オブ・ヘヴンでやっていたザ・サヴォイ・トラフルというバンドにも驚かされた。元ソウル・フラワー・ユニオンの高木太郎percが加わった5人組で、むさ苦しいヒッピー・スタイルの長髪を揺らせながら、レーナード・スキナード・タイプのオールド・スクールなハード・ロックをやる。各メンバーとも抜群の技量で骨太なグルーヴを叩き出し、聴き応え十分。もうアルバムを5枚も出していて、海外での演奏経験も豊富なだけあって、場慣れした感じのステージさばきも貫禄の一言。まるで期待も予備知識もなかったぶん、発見度という点では今年一番だったかもしれない。

 関西勢が続くが、山本精一g率いる想い出波止場2020feat DJおじいさんもめちゃくちゃに面白かった。元ボアダムス(現グラインド・オーケストラ)の吉川豊人voも参加したパフォーマンスは、久々に山本のマッドでクレイジーな側面が大爆発。ジョニー・サンダーズをカラオケで歌い、はては「ジョニー・B・グッド」を演奏する山本は、まさに関西きっての奇人の評判にたがわぬはちゃめちゃぶりで、終始大爆笑だった。滅多に東京ではライヴをやらない人たちだから、こういう場で見られるのはありがたい。このシーンってほんとうに奥が深い。それにしてもDJおじいさんって誰?

 リクツ抜きの娯楽ロックで楽しませたザ・ムーニー・スズキ、真夏の日差しを和らげるようなクールで耽美なポスト・ロックを聴かせたムーム、徹底して享楽的なダンス・ビートでアタマをカラッポにしてくれた!!!、てらいのないパワー・ポップと元気一杯なキャラで好感の持てたベン・クウェーラー、以前は目立ったライヴ毎の出来のバラツキがなくなり、すっかり安定したオルタナティヴ・ロックをやるようになったモーサム・トーンベンダー、いつも通りのライヴながらテンションの高いパフォーマンスだったバッファロー・ドーター、中村達也dsの放出するエネルギーが空回りすることなくバンドの勢いに転化していたロザリオスなど、印象に残るアクトはいくつもあったが、とくに目についたのがベテラン組の健闘。ステージから降りて観客スペースを練り歩く仰天のパフォーマンスで感動/熱狂の渦を巻き起こしたザ・ブラインド・ボーイズ・オブ・アラバマ、イキなスゥイング・ジャズを聴かせた吾妻光良&ザ・スゥインギング・バッパーズ。そしてさすがの貫禄だったのはN.R.B.Q.とルー・リード。特に前者のアメリカ大衆音楽のエッセンスを凝縮したかのような滋味豊かな、そしてやさぐれたブギ&ストンプには終始揺さぶられ放しだった。ルー・リードから目を離せず、裏でやっていたベースメント・ジャックスを見逃したのは痛恨。アゲアゲのイケイケのお祭り騒ぎで大盛り上がりだったらしい。

 音楽以外のさまざまなアトラクションが用意されているのがフジだが、ふだんはライヴを見るのに忙しく、なかなか体験できない。比較的時間に余裕のあった今回はそのうちのひとつ、ドラゴンドラに乗ってみた。はるか上空から眺める各会場は、本当にうっそうとした山間にポツリポツリとあって、フジの基本理念である自然との共生というテーマがお題目でないことを実感したのだった。終点の田代高原の牧歌的で清涼な解放感は、ほかのどのフェスでも味わえない魅力だ。フジ最大の穴場と言い切っておこう。

 そしてフェスの大団円のグリーン・ステージに登場したのが渋さ知らズ・オーケストラ。総勢60人にも及ぶ大所帯でのお祭り騒ぎは、フ・ロック史上最高と言っていいほどの盛り上がりだった。アホみたいに踊りながら、いつまでもこの瞬間が続けばいいのにと思う。終わらぬ祭りはないが、しかし夏はまだまだ続くのだ。

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