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07/09/2006

第5回フジロック(2001)

「SWITCH」01年9月号掲載原稿の完全版。

<3日前>

 フジ・ロック・フェスティヴァルの公式ファン・サイト「FUJI ROCKER'S ORG」の掲示板では、台風の影響で苗場が大雨になるかも、という噂が乱れ飛んでいる。苗場ゴルフ場周辺のピンポイント天気予報のサイトを見ると、開催3日前の時点で初日、2日目の降水確率は60%。去年使ったコンビニ合羽に毛のはえたようなシロモノでは役に立ちそうもない。防水コートを買うため近所のディスカウント・ショップにクルマを走らせながら、少し憂鬱な気分になる。言うまでもなく、5年前のことを思い出したからだ。夏台風の襲来で、文字通り暴風雨のなかの開催となった第一回。事前の準備不足や経験不足ゆえ肉体的にも精神的にもいきなりの極限状態に叩き込まれた苦い記憶。そのときの教訓から、短期間に急激に整備されてきたわれわれのノウハウやシステムが、同じような事態になって本当に機能するのかどうか見てみたいというジャーナリストとしての思いも頭の片隅をよぎる。だが単なる一音楽ファンとして、フェスティヴァルを思う存分に楽しみたいという気持ちの方がはるかに強かったことは言うまでもないことだ。せめて風が強くならないことを祈りつつ、当日を待つ。

7月26日(木)

 昼の12時に友人と待ち合わせ、クルマで苗場に向かう。台風は進路をそれたようだが油断は禁物だ。大渋滞の都内を抜けるのに約1時間強。練馬インターから関越自動車道に乗りひたすら北上する。途中、群馬のあたりから断続的にかなり強い雨が降り、不安を募らせる。だが年若い友人はこれから始まるフェスの楽しい時間への期待感のほうがはるかに強いようだった。途中にサービスエリアなどで若者の一団にすれ違うたびに「どの人もみんなフジロック組みたいに見えるね」とはしゃいでいる。

 午後3時半過ぎ、苗場に到着、荷物をホテルに置き早速会場に向かい、運営本部に立ち寄って取材用のパスなどをもらう。どうやら天気のほうは心配なさそうだとのこと。かなり肌寒い気温だが、雨よりはましだろう。今日は前夜祭。入場無料で、メインのレッド・マーキーと名付けられたテントでのバンド演奏やDJ、飲食店などのブースが立ち並ぶオアシス広場での地元主催の盆踊り大会などが催される。前夜祭とはいえ結構なにぎわいだ。

 日の高いうちに、まだ一般客は入れないメイン会場を歩く。オアシス広場からもっとも離れているフィールド・オブ・ヘヴンまで、かなりの早足で約15分ほど。観客が行き交うようになればその倍、混雑時には3~4倍の時間がかかるだろう。山の中だから道は砂利や石が転がっていて舗装された道路を歩くようなわけにはいかない。登り下りがあり足場の悪い山道は、運動不足の身には10分ほど歩いただけでも応えるほどだ。だがその不自由さ、不便さを逆手にとって楽しむのが、フジ・ロック流の楽しみ方なのである。

 10日ほど前に訪れたとき(激しいスコールが降ってきて大変だった)はまだほとんど組み立てられていなかったステージはほとんど完成し、各テントやブースの準備に余念がない。客がいないメインステージ(グリーン・ステージ)はあたりを山に囲まれ、驚くほど広々としている。まさに自然の中のフェスティヴァルであることを実感する。

 まだ日も高い6時過ぎから盆踊り大会が始まった。地元苗場のことを歌い込んだ民謡をバックに、櫓の周りを振りをつけて踊るだけの、ごくオーソドックスな盆踊りだが、要所要所で「オイ!」という掛け声代わりの大合唱がおきて、見ているだけでも面白い。金髪・入れ墨の若者も参加して、いわば「ハードコア盆踊り」というところか。地元の人たちも「こんなに盛り上がる盆踊りは始めてだ」と喜んでいるようだ。

 一旦ホテルに帰って仮眠をとり、午後9時過ぎに会場に戻り、レッド・マーキーでドロップキック・マーフィーズを見る。ボストン出身のパンク・バンドだが、バグパイプの導入やシンガロング形式のコーラスなど、アイリッシュの匂いを濃厚に漂わせる7人組。アイルランド移民が最初に住み着いたのがボストンだというから、そこには付け焼き刃でない民族の血があるわけだ。徹底的に高揚したエネルギシュな演奏は、まさに前夜祭の景気付けに相応しい楽しさ、賑々しさだ。本番前でエネルギーが有り余った観客の盛り上がりもすごい。個人的にはあまり期待していなかったぶん、4日間のライヴではもっとも楽しい掘り出し物だった。

 演奏の間には関西で人気を集めているというDJ MAMEZUKAのロック、ビッグ・ビート、テクノが入り乱れるイケイケのプレイが聴ける。続いて、「スペシャル・シークレット・ゲスト」としてブン・ブン・サテライツが登場。昨年に続いてのフジ・ロック出演だが、アルバム制作の行き詰まりという精神的にかなり追いつめられた状態でのライヴだったという前回に比べ、重い荷物を下ろしたようなある種の軽やかさが感じられ、これまたなかなかのステージだった。

 夜も更け人はますます増えてくる。オアシス広場は本番時さながらのにぎわいだ。各ブースでは大音量でロックが流れ、明日からのお祭りを待ちきれない若者たちがDJのプレイに激しく身を動かしている。この沸き立つようなうきうきした気持ちは、きっと前夜祭ならでのものだろう。かなり冷え込んではいるが雨は心配なさそうだ。適度に酔いがまわったところでホテルに戻る。いよいよ明日は開幕だ。

7月27日(金)
 朝9時に起床、ホテルで朝食をとったあと会場に向かおうと思っていたら出がけにトラブルが発生、その処理に追われ、会場に着いたのは11時過ぎ。おかげでオープニングの日高社長の挨拶を見逃してしまった。気を取り直し、レッド・マーキーへ向かう。

 会場はすでに大変な混雑。ちょっと見回しただけでも、昨年より明らかに多い。各飲食店ブースも軒並み大行列だ。あとで聞いたところでは最終的に3万人の入場者があったという。もちろん過去最高の入りだろう。オアシス、マニック・ストリート・プリーチャーズ、トラヴィスという、イギリスのフェスではファイナリスト級の人気者が勢揃いしたグリーン・ステージの効果が大きいはずで、客も女子比率が高い。まだ始まったばかりということもあり、みな血色がよく元気いっぱいだ。台風は房総方面にそれたようで、天気の心配は必要なさそうだ。良かった。

 まず最初に見たのがレッド・マーキーでガーリング。オーストラリア出身の3人組で、日本ではまだデビュー・アルバムが出たばかり。売れ行きは順調というが、知名度・人気ともまだまだ駆け出しもいいところの新人バンドのはずだが、これが驚くほどの盛り上がり。ビースティ・ボーイズをもっと無節操にガキっぽくした感じの演奏は笑いが絶えず、なかなか面白い。が、それにしても観客の反応が良すぎる。フェスティヴァルのオープニングというシチュエーション、騒ぎたくて仕方ない、エネルギーの有り余った若者がお目当ての登場を待ちきれずに盛り上がっているようだった。

 続いてホワイト・ステージに移動。去年は入って右手奥にステージが設置されていたが、今年はちょうど正面に移動。会場のどこからでも見やすくなった。目当てのキック・ザ・カン・クルーは、4人組の日本人ヒップホップ・グループ。凝ったネタ使いのトラックと、3人いるMCの歌い分け、ストレートなリリックが特徴だが、レコードではそれ以上の強い印象がなかったというのが正直なところだった。ところがライヴでは独特の軽いキャラクター(友人は“ちゃらい”と表現していた)がよくあらわれていて、彼らならではの個性がよくうかがえたし、力量のほども見てとれた。観客の反応をきっちり意識したパフォーマンスも悪くない。客の集まりはいまいちだったが、レコードをはるかに上回るパフォーマンスは、フジの雰囲気がもたらした成果なのかもしれない。

 一旦オアシス広場まで戻って腹ごしらえをして、フィールド・オブ・ヘヴンでくるりを見るつもりが、ちょうど始まったグリーン・ステージのシャーベッツの演奏に釘付けになる。昨年のフジを最後にブランキー・ジェット・シティが解散、代わって浅井健一が主力を注ぐ新バンドがシャーベッツである。先日の赤坂ブリッツ公演ではこじんまりとまとまったバンド演奏にやや物足りなさを覚えたが、この日の浅井は聴く者に食いつきそうな気迫を感じさせた。どちらかといえばまったりとしたフジの空気に似合わない、まるで血まみれのナイフを頬に突きつけられるような切迫したリアリティ。これこそが浅井健一である。

 延々と続く山道をとぼとぼと歩く。曇りがちで気温はやや低いが、心地よい気候だ。くるりのライヴはすでに半分ほどを経過していた。レコードやインタヴューでの印象通り、よくまとまった演奏とフランクな関西弁のMCなど市井の若者の佇まいが好感が持てたが、ややロック優等生的なパフォーマンスは好き嫌いが分かれるかもしれない。会場はほぼ満員の盛況だった。

 フィールド・オブ・ヘヴンという会場はある意味でフジ・ロックの性格を決定づけていると言っていい。ヒッピー的な自然志向と環境・社会問題への真摯なコミット。生臭いロック・ビジネスやがんじがらめの規制とは無縁な解放された空間。他の野外コンサートやイベントとは一線を画するフジの個性は、フィールド・オブ・ヘヴンによくあらわれている。四方を森に囲まれたスペースは他ステージに比べそれほど広いわけではないが静かで、とにかく落ち着く。この雰囲気は、何年か前に見た「レインボー2000」の第一回に似ている。日本初のテクノ/トランスの野外フェスティヴァルとして知られたレインボーはさまざまなトラブルがあり長続きすることはなかったが、なんとも安らげる独特の開放感があった。たまたまくるりのあとで会った知人によれば、フィルード・オブ・ヘヴンの責任者はかってレインボーを手がけていた人で、スタッフもかなり共通しているらしい。いわばフジには、過去の素晴らしかったフェスティヴァルの遺伝子が受け継がれているのである。

 そのうちミラクル・ヤングが始まる。シアター・ブルックの佐藤タイジと、パンク歌手にして芥川賞作家の町田康のバンド。10年ほど前に町蔵時代の町田がシアターを気に入ったのが結成のきっかけらしいが、佐藤のジミ・ヘンドリックスばりの粘っこくハードなギターをバックに、町田の歌とも語りともつかないヴォーカルが絡むというスタイル。町田は以前のピリピリとした毒や棘が薄れ、代わって小説などに顕著な、関西の語り物芸の伝統を思わせる笑いと諧謔のセンスが前面に出ていた。佐藤はいつも通りのエネルギッシュなプレイだったが、町田のパフォーマンスは、かっての切羽詰まった緊張感というよりは、自分のことをネタにして笑い飛ばすような余裕を感じさせた。そのあたりはおそらく賛否両論だろう。ぼくはこの日の町田ほど機嫌のいいステージ上の彼を見たことがない。これもフィールド・オブ・ヘヴンの雰囲気がそうさせるのか。

 用足しで一旦ホテルに戻り、ボアダムスを見るため再びフィールド・オブ・ヘヴンへ。ちょうどデンマークのゴア・トランス、サイコ・ポッドの演奏中。終わって会場内をふらふらしていると後ろから肩を叩かれる。振り向くと見知らぬ女性がニコニコと笑いながら立っている。いったい誰なのか訝しく思っていたら「ヨシミや、ヨシミ」と言い出すのでびっくり。何度も取材した顔見知りなのに、帽子と長く伸ばした髪のせいでまるでわからなかった。それに、まさか本番直前のアーティストが客席をふらふらしているとは誰も思わないだろう。ドラムス4台、パーカッション 2台、エレクトロニクスとヴォーカルという今日のV∞RE!!!!!!!DOMS名義のライヴへの期待を話すと「あんなもん、ドラム・クリニックみたいなもんや(笑)」と、いかにも彼女らしい答え。先日渋谷オン・エアでおこなわれたライヴとはまるでちがうものになるとのこと。またなんでも最終日、キャンセルになった砂原良徳の代打でホワイト・ステージに立たないかという依頼があったらしい。だがそれまでに帰ってしまうメンバーもおり、残ったメンバーで何かできるようなやる、とのことのようだった。

 ヨシミはぼくと別れたあとも、気軽にファンの子と喋ったり、握手したり。彼女の性格もあろうが、そういうフランクな雰囲気がフィールド・オブ・ヘヴンでありフジなのだ。

 夜の帳が降り、ボアの演奏が始まるころには客席はほぼ満杯になる。さすがに現役最高のロック・バンドであり、ライヴをやるたびに新しい姿を見せる彼らだけに期待は大きかったが、正直なところ今日のところは完成途上の実験段階だろう。リズム隊6人、発信器だかターンターブルから出るノイズをイコライジングするだけ、あとは山塚アイの叫びのみ、というメロディ楽器が一切ない編成はすごいアイディアだが、それをまだ表現としてまとめきれていない印象だった。山塚は旧来のボアダムズを完全に壊して組み立て直したいと考えているようで、いまはその試行錯誤の課程なのだろう。

 ボアが終了しホワイト・ステージに降りていくとモス・デフが演奏中。レベル・ミュージックとしてのヒップホップを体現する数少ない存在だが、この日はかってのリヴィング・カラーのような中途半端なブラック・ロック・スタイルで、いまひとつ。だがそれも、裏のグリーン・ステージのUK勢に人気をとられ気の毒なほど閑散とした客席を見れば、致し方なかったのかもしれない。それでもなんとかコミュニケーションをとろうとする姿には真摯さを感じられた。

 そして個人的にこの日の締めは同じホワイト・ステージのトリッキー。2年前のフジでのヒプノイティックでサイケデリックなパフォーマンスは圧倒的だった。新作ではかってなくポップで開かれた姿を見せたがかっての怨念の塊のような内向的な暗さ、重さは薄れがちだけに、期待と不安が同居していた。神経質なほど入念なサウンド・チェックのせいか30分以上も遅れて始まった彼らのパフォーマンスは、はたして圧倒的だった。演奏、PA音響、照明、演出、どれもが完璧。あそこまで完成度の高いライヴを野外フェスという演奏側にとっては決してベストとは言えない条件で再現できるのは恐るべきミュージシャン・シップの高さだ。トリッキー自身を含め3人のラッパー/シンガーが曲毎に入れ替わって歌うが、トリッキーは歌わないときはステージに背を向けて小刻みに体を動かすだけ。歌うときにも、決して客席に正対しようとしない。真っ暗なステージの上、上からのスポットライト1本に照らし出され、横を向きながらマイクに噛みつくように歌う痩せぎすの姿には、彼の抱える変わらぬ狂気と闇の深さが吐き気がするほど生々しく浮き彫りにされていた。2年前とは多少音楽性も異なり、生っぽいエネルギーのようなものが感じ取れたが、やはりトリッキーはトリッキーでしかなく、ほかの誰にも代替不可能であった。個人的にはこの日のベスト。

 12時近くに終わり、オアシス広場へ。週末の渋谷のようなものすごい賑わいと喧噪で驚く。まだまだ盛り上がり足りない若者が各DJブースの前で踊り狂っているのを横目で見ながら、待ち合わせていた仲間と飲む。去年に比べるとビール以外の酒の販売が増えたのはありがたいが、ワインのフルボトルを頼んだらビール用の紙コップに移し替えられたのは少し興ざめだった。しかし危険防止のためビンを場内に持ち込ませないのは仕方ない。そうするうち酒も回り、ポリシックス、ナンバーガール、ポットショットといった若いバンドのメンバーと意味もなく盛り上がる。フジの2週間後に札幌郊外でおこなわれるライジング・サン・ロック・フェスティヴァルのブースでは、ミッシェルガン・エレファントのドラマー、クハラがバーテンをやっていたりする。ミッシェルのマネージャーがライジング・サンの企画に関わっている関係だろうが、カウンターでカクテルを作る姿があまりにはまりすぎなのがおかしい。

 そうするうち、シャーベッツで壮絶なライヴを見せた浅井健一とライジング・サン・テントの裏手で飲むはめに。たまたま遊びに来ていた某女優やブランキーのマネージャーも同席。そのころには双方泥酔に近かったので、最後にはわけのわからない状態になって、この日はおしまい。深夜4時過ぎにホテルに帰る。

7月28日(土)

 前夜の深酒がたたって見事に寝坊、予定していたナンバー・ガールもスーパーカーも見逃し、レッド・マーキーのモーサム・トーンベンダーからこの日はスタート。昨日と同様、やや曇りがちで気温はやや低く、快晴とはいかないが、雨は心配なさそうだ。

 日本人トリオのギター・バンドで、これまで2回ほどライヴを見ているが、少し線が細く神経質な感じがしてさほど感心はしなかった。ところがこの日は切れ味鋭いギター・ワークの冴えや、キレまくったバンドの存在感に圧倒された。線の細さと切れ味は紙一重かもしれないが、その差は予想以上に大きかった。その差を作ったのは、フジという場の力かもしれない。

 この日はニール・ヤングやニュー・オーダー、パティ・スミスといったベテランがメイン・アクトのせいか全体の客の年齢層が高い。ぼくの知り合いも2日目だけ参加という者が多く、会場で次々と出会って旧交を温めあう。なかには昨年のフジ以来1年ぶりに顔を合わせた人もいる。カメラを向けると、誰もがとてもいい笑顔を返してくる。音楽が人と人と結びつけることを実感する。その「場」としてフジ・ロック・フェスティヴァルは見事に機能している。フェスティヴァルには多種多様なアーティストが何十組と出る。なかでもフジは主催者側からの事細かな規制や過剰なサービスがないぶん不便だが、自由気ままな雰囲気がある。それが、同じように多種多様な好みの観客を受け入れるキャシティの広さがある。ふだん出会うことも少ない、話す機会も滅多にない人たちと、一瞬でも言葉や笑顔を交わしあうことができる。それもまた、フジの大きな魅力である。

 オアシス広場で朝食兼昼食をとる。昨年よりさらに増えた飲食店テントは、ざっと数えてオアシス広場だけで30以上。それでも、各テントに並ぶ客の数は昨年より明らかに多い。食べ物にあまり執着のないぼくは、空いている列に適当に並んでしまうが、数あるテントから自分好みの味を探すのも楽しみ方にひとつだろう。

 この日から参加の某出版社編集と落ち合い、打ち合わせのあと、グリーン・ステージでパティ・スミス。某誌で長いレポートを書く関係上、ステージのできるだけ前方で見るべく移動する。

 定刻に10分ほど遅れ、大きな歓声に送られ、微笑みながらゆっくりとステージに登場したパティは、老婆のような低いしわがれた声で、極度にテンポを落として、75年のファースト・アルバム『ホーセズ』収録の名曲「グローリア」を歌い出す。そして徐々にテンポがあがるにつれ、まるで逆に歳をとるようにその声も仕草も若々しい精気を帯びはじめ、「G-L-O-R-I-A!」という唱和に至るころにはまるで若き革命家のように叫び、完全に客席を掌握していた若き日のパティが、そこにいたのである。そのプロセスは、まるで魔法でも見せられるようだった。

 上着を脱ぎ捨て、ブーツを脱ぎ捨てて裸足になって「ダンシング・ベアフット」を歌うパティ。客席に降り、最前列の客と握手をしてまわるパティ。テレビ・カメラに素晴らしい笑顔を見せたパティの顔がステージ脇のスクリーンに映し出された瞬間、体中に熱いものがわき上がるのを覚えた。反逆と呪詛と享楽のパンク・ロッカーから、愛と優しさと希望という力を兼ね備えたロッカーへ。かって触れるものすべてを傷つけずのはいられなかったパティは成長し、歳をとり、愛する者を喪い、生み、いっそうピュアでポジティヴなパワーを携えて、いま目の前にいる。ぼくたちは音楽を通じて彼女の人間性に触れている。音楽はもちろんだが、ぼくたちは彼女の人間性に感動していたのだ。たとえば町田康のように、自分の作品はただの作り事なんだから、作品を通じて作者の人生や人間性を読みとろうとするのはナンセンスである、と言い切るミュージシャンもいるわけだが、パティ・スミスの音楽は彼女の人間と、辿ってきた人生をあまりにも鮮やかに凝縮していた。ぼくたちの人生は彼女ほどドラマティックではないかもしれないが、さまざまな山や谷を乗り越えた彼女の表現は、同時に見事に普遍化されていたのである。

 終曲「ロックンロール・ニガー」では、往年の彼女のかくやと思わせる鋭利な言葉とビートを次々と投げつけてくる。「私の子供たちを救って!」と何度も叫び、ギターの弦を引きちぎり、ステージの上にひれ伏すパティの姿を見て、ぼくは体中が震えるのを抑えることができなかった。

 まるで音楽のタイプはちがうが、トリッキーとパティ・スミスこそは、今年のフジ・ロックの個人的なハイライトだった。

 ほとんど放心状態のまま、フィールド・オブ・ヘヴンのROVOへ。ボアダムズ/羅針盤の山本精一や勝井祐二など腕達者なミュージシャンが作り出すミニマルでトランシー、かつドラマティックなビートは、昨年のフジでも圧倒的なスケールとテンションで鳴っていた。その評判や新作『SAI』の素晴らしさも手伝って、昨年をはるかにうわまわる観客を集めたこの日のステージは、しかし、いささか不完全燃焼気味だった。新作で明らかにされたジャズ・ロック/プログレッシヴ・ロック的な器楽的アプローチへの変化、トランシーでドラマティックなイケイケのダンス・ビートばかりを期待する観客の思惑がすれちがっているように思えたのである。そのすれ違いが観客の戸惑いを生み、その空気がアーティストに伝染し……という悪循環を生んでいるように感じられた。ピアニシモの部分があるからこそフォルテシモのドラマティックでダイナミックな展開が生きるのに、ビートが速くなりうるさくなると大騒ぎし、静かな展開では呆然と立ちつくしてしまう観客の姿が象徴的だった。翌日会場で偶然会った勝井は、これまでのツアーでやってきたことをそのままやっただけだと語っていたが、彼らの変貌と進化に観客がついていくには、いましばらくの時間が必要かもしれない。

 ROVOのあとの渋さ知らズオーケストラに後髪を惹かれつつ、ホワイト・ステージへ。モグワイがすでに始まっていた。昨年のフジのレッド・マーキー以来、見るのはこの1年で3回。しかし一向に飽きない。昨年もROVOと並ぶフジ全体のハイライトだったが、今年もまた期待のたがわぬ美しくセンチメンタルで、かつラウドでダイナミックなギター・サウンドを聴かせてくれた。暮れなずむ山間の清涼な空気に溶け込んでいく轟音が心地よかったのである。

 モグワイのあとレッド・マーキーに戻りエコー&ザ・バニーメンを見ることも考えたが、今日の個人的メイン・アクトであるニュー・オーダーをいい場所で見るために、そのままホワイト・ステージに居残ることにする。もっともこのころには歩き過ぎですっかり体力を消耗し、足の裏やふくらはぎが痛くて立っているのもつらいという状況も手伝って、その場を動く気になれなかったというのも正直なところだ。

 40分ほど待ってアレック・エンパイアが始まる。ぼんやりと前の方で見ていたら、いきなりの暴力的デジジタル・ハードコア・サウンドの爆裂に、周りから大暴れしたいガキどもが押し寄せてきてたちまちもみくちゃになってしまう。裏番組がアラニス・モリセットやニール・ヤングだから、フェス中の暴れたい奴が全員集合したんじゃないかとも思えるほどのすさまじさだ。

 アタリ・ティーネイジ・ライオットではなくソロとしての来日は、完成したばかりの新作アルバムを携えてのもの。アタリでは爆発するハードコア・ブレイクビーツで押しまくるが、ソロではノン・ビートのエレクトロ・ノイズも交えながらより幅広く実験的な展開を聴かせる。しかしその表現はどれもが極端で、抑制とか自己規制といった言葉とは無縁な突っ走りぶりが行き過ぎた結果、とっつきにくさや怖さというよりは、むしろ思わず笑ってしまうような一種の愛嬌に結びついてしまうのが(本人がそれと意識しているかどうかは別として)、おもしろいところ。周りの若者と一緒に大暴れする元気はなかったが、楽しく見ることができた。ライヴの最後で、アンコールを求める観客に対して、明日のグリーン・ステージでもう一回演奏することが告げられた。

 アレックの演奏が終わり、地べたにへたり込んでニュー・オーダーの登場を待っていると、友人から次々と電話が入り、合流。みなエコー&ザ・バニーメンを見てきたらしく、口々に最高最高と絶賛の嵐。出し惜しみなしの大ヒット・パレードだったらしい。翌日以降会った人たちもベタ褒めで、見なかったことを激しく後悔する。たぶんニュー・オーダー前のホワイト・ステージは入場規制がかかるので、エコバニを見てからでは遅いと思ったのが間違いだった。でもアレック・エンパイア面白かったからいいよ、と強がりを言ってみる。結果としてみれば明日また見られるわけだから、慰めにはならない。何十ものアーティストが4つのステージに分かれて進行しているのだからこういうことは覚悟の上だが、それにしても悔しい。

 開演予定を15分ほど過ぎていよいよ本日の目当てだったニュー・オーダー登場。8年ぶりの新作『ゲット・レディ』をひっさげ16年ぶりの来日だ。新作の出来はいまいちだったものの、先日出た98年レディング・フェスでのライヴDVDが素晴らしかったので、期待は大きかったのだ。オープニングは意表をついてジョイ・ディヴィジョン時代の「アトモスフィア」。しかしあまりの演奏のしょぼさに苦笑。名曲「リグレット」など、ギターとシンセが印象的なユニゾンを奏でるイントロでシンセの音が出ず、おまけにバーナード・サムナーはオクターヴ外して歌っている。音は小さいしバランスも悪く、打ち込みのプログラミングもいい加減で、まともに音が出ない有様。ピーター・フックのベースは頑張っていたがそれでもしばしば大きく音を外して苦笑させる。ゲストとして元スマッシング・パンプキンズのビリー・コーガンが参加していたが1曲で少し歌っただけで、存在感はきわめて薄い。

 しかし、これこそがニュー・オーダーなのだ。もともと精密をきわめたスタジオ・ワークと楽曲の良さ、最新のダンス・ミュージックの潮流をいち早く取り入れた先進性に良さがあったバンドで、ライヴ・パフォーマンスの質で評価すべきではない。過去の日本公演もひどかった。それでも彼らの評価が落ちることはなかった。8年ぶり、16年ぶりというレア度に、こちらが過剰な期待をしすぎただけなのだ。そう思えば、とてもプロ20年選手とは思えないヘタレ加減も、憎めない愛嬌と思えてくるから現金なものだ。もっともイギリスでのニュー・オーダー体験も多いカメラマンのKに言わせれば、いいときのニュー・オーダーはほんとに素晴らしいライヴをやるので、今日はたまたま外れただけじゃないかと言っていたが、Kは今日のライヴを見てないのでぼくはいまひとつ信じられない。だが、そんなことはどうでもいい。大事なのは今、この場に確かに彼らがいて、演奏しているということだ。

 それにしても絶対的な名曲の数々。すでにイギリスでは国民的人気者と言っていい彼らだがだがここは日本だ。レディングのときのような盛り上がり、大合唱は起きない。「とても静かだね」とピーターが皮肉っぽく言う。だがぼくは幸福だった。楽しかった。

 夢のような1時間半が過ぎ、ぎっしりと詰まった人混みはじりじりと亀が這うような速度でグリーン・ステージ、そしてオアシス広場や出口へと連なっていく。ステージ前にいたぼくたちがオアシス広場に着いたのはたっぷり40分以上あとだろうか。あとで聞いたところによればグリーン・ステージのニール・ヤングは乗りに乗って2時間半もの演奏をおこない、12時近くまで轟音を鳴らし続けていたらしい。身体は疲労の極致にあったが、昼間のパティ・スミスといい、オヤジで良かったと思う一日だった。

 オアシス広場で友人たちと飲んでだらだらと過ごし、深夜のレッド・マーキーでダブ・スクワッドとレイ・ハラカミの演奏を立て続けに見る。ROVOのメンバーが結成したダブ・スクワッドは、ROVOのトランス色を強めたようなサウンドで、ダンサブルなテクノ・ビートは心地よい。そして新作『Red Curb』も好評なエレクトロ・アンビエント音響のハラカミは、レコードでの音色やフレージングなどを活かしつつ、曲によってはかなり大胆なダンス・ビートなども取り入れたプレイで昼間の熱気と疲れを冷ましてくれるような演奏を聴かせてくれた。

 続く田中フミヤの、頑固一徹のハードなプレイで少し踊り、オアシス広場に戻ってまた少し飲むが疲れてきたので午前3時ごろホテルに戻る。もう帰っていた同室の友人とまた少し飲んで、4時過ぎ就寝。

7月29日(日)
 いよいよフェスも最終日。一晩寝たおかげで身体はだいぶ楽になっている。前日逃した朝食もしっかりとって、まずはレッド・マーキーで羅針盤。ボアダムズ、ROVOでも出演した山本精一のもうひとつのリーダー・バンドである。異なるバンドでの3日間フル参戦というのはもちろん初めてのことで、今後もあるとは思えない。かなりアヴァンギャルドな展開もある前2バンドに対して、山本のポップ・センスを全開にした穏やかな歌もの志向が特徴だが、今回はまるでモグワイやマイ・ブラディ・ヴァレンタインもかくやというディストーション・ギターの爆音を聞かせ、最後にはブチ切れた山本が暴れまわりあわやギターを叩きつけるという展開に驚く。これは今後の飛躍が大いに期待できそうだ。

 グリーン・ステージでビールを飲みながらのんびりとドライ&ヘヴィを見る。3万人集まった初日、2万8千人集まった2日目に対して、ラインナップ的にも少し弱い今日は、明らかに客席に空白が目立つ。翌日が月曜日ということでこれは仕方ない。だが昨年ほど極端な減り方ではないし、むしろこれぐらいの方がのんびりと楽しむにはいいかもしれない。昨日までは混みすぎで、かける方も受ける方もまるで使いものにならなかった携帯も、今日はすんなりと繋がる。台風の影響もあって曇りがちだった昨日までと打って変わって、今日は快晴。気温もかなり上がりそうだ。

 気だるい昼下がり、ドラヘビのダビーな演奏に心地よく酔っていたら、終了間際になっていきなり「今日のライヴを最後に解散します」と秋本武士のMCがあって会場中がどよめく。誰もが寝耳に水のことだったはずで、ぼくも驚いた。あとから聞いたところによれば、フジを最後に解散ということはかなり以前から決まっていたらしい。実質的にはベースの秋本が脱退、ドライ&ヘヴィのヘヴィがいなくなるということで解散ということになったようだ。最後の舞台がフジというのは確かにドラマティックではあるが、あまりに唐突な出来事だった。

 終了後、取材の打ち合わせ。そのままオアシス広場裏の運営本部に顔を出す。舞台裏も順調に進んでいるようだ。軽く挨拶してグリーン・ステージのバック・ステージへ。もっと殺気だった雰囲気なのかと思っていたら意外にまったりとしている。行き交う人もそれほど多くはない。顔見知りのカメラマンやレコード会社の人と立ち話をして、そのままホテルからグリーン、ホワイトとつなぐ<導線>と言われるグリーン裏の道を歩く。スタッフやアーティストがクルマやバイクで行き来する裏道で、山の上からはるか彼方に会場の様子をうかがえるとは言うものの、基本的には山の中の一本道で、ただ歩いているぶんには単調。これなら会場内の山道のほうが起伏があって楽しい。暑い日差しに汗をかきながらホワイト・ステージ向かいに到着。ちょうど演奏中だったリトル・テンポの演奏を聞く。ボアが急遽出演する話もあった砂原良徳の代替アーティストは結局なし、ほかのアーティストが予定を延ばして対応するようだ。リトル・テンポが予定よりもかなり遅く終了、そのままアヴァロン・フィールドで腹ごしらえでもしようと思ったら、聞き覚えのある声が聞こえたので小ステージを見たらサンディーが歌っていた。

 アヴァロン・フィールドはホワイト・ステージとフィールド・オブ・ヘヴンの間にあるスペース。各飲食店やソーラーパワー・フィールド、フリー・マーケット、NGO村などが集まり、そのなかにジプシー・アヴァロンという小ステージがあり、ランキン・タクシー、ASA-CHANG&巡礼といったアーティストが演奏している。これまたフジのキャラクターを形作るコーナーで、サンディーは数人の美しいフラダンス・ダンサーとともにゆったりと歌い踊っている。サンディーはいつ見ても美しく若々しくスタイルは抜群で声もいいし歌や踊りは抜群にうまく、語りも洒脱で人の気を逸らさない。まれなエンタテイナーだと痛感する。最後には観客をステージにあげてのフラダンス教室も始まり、楽しくピースフルな時間を過ごすことができた。まるで期待していなかっただけにお金でも拾った気分だった。

 一旦ホテルに帰ってから出直し、スクエアプッシャーを見るためにホワイト・ステージへ。第一回フジ・ロックで、中止になった2日目に出演が予定されて以来のフジ出演である。新作『Go Plastic』は賛否両論だっただけに注目していたのだが、これが予想以上に面白いライヴだった。一緒にいた友人と、大笑いしながら見てしまった。たったひとりでエレクトロニクスを操作するスクエアプッシャー=トム・ジェンキンスンは、人の背後から「ワッ!」と驚かして喜んでいるようなガキそのもの。とにかくヘンな音を出して観客をびっくりさせることに生き甲斐を感じているようなノイズおたくそのものだった。得意のドリルン・ベースから細切れの高速ブレイクビーツ、ノン・ビートのインダストリアル・ノイズまで、とにかく1分と同じビートが続かず目まぐるしく展開するせわしない曲調に、ダンスを期待した観客は完全な硬直状態。脈絡なく脇に備えられたマイクに向かって「Make some fuckin' noise!」と絶叫して客を煽りまくる。パティ・スミスのパフォーマンスが彼女の豊かな人間性そのものをあらわしていたとするなら、このスクエアプッシャーのライヴからは「とにかくヘンな奴」というオーラが伝わってきたのである。

 またも拾いものをしたような気分でグリーン・ステージに戻り、トゥールを見る。5年ぶりの新作『ラタララス』が全米1位を記録したアメリカのヘヴィ・ロックだが、実際に目にしたライヴは予想を上回るものだった。ステージ脇の大スクリーンでは生奇怪なCG画像が間断なく流され、同じ映像を映すステージ奥のスクリーンの前で下着だけをつけ、全身を青黒く塗りたくりシルエットになったヴォーカリストが身体をよじらせながら絶叫し、バンドの連中はその場を離れることなく黙々と演奏し続けている。キング・クリムゾンばりの複雑な楽曲を楽々とこなす演奏力もすごいが、ロック・エンタテイメントのありようを根本から否定するようなステージ、奇怪なイメージで見る者の生理的嫌悪感を煽り立てるような画像、うねうねとうねる独特なメロディ・ラインと、どれをとってもこれまでのアメリカン・ヘヴィ・ロックの流れからは外れている。比較されることの多いKORNが感情に訴えるバンドなら、このバンドは生理感覚に訴えるバンドと言えるだろう。レコードだけ聞いて感じた、とにかく完成度の高い演奏をする連中だという印象は、大幅に修正を迫られることになった。大好きとは言えないが、非常に個性的な連中であることは確かである。見た人の意見もほとんどが絶賛だった。

 トゥールが終わり、夜の帳も降りてきた。疲労はべったりと身体に染みついている。友人と連れだってビールを飲みながら食事をとる。この4日間で、ほんとうにたくさんの人と会った。会った人はデジカメで写真を撮り自分のサイトにアップしているのだが、どの写真をみてもみないい笑顔を見せてくれている。関係者やミュージシャンも多いが、仕事で来ている人も(ぼくもその一人だが)、みな心からフェスを楽しんでいる様子が手に取るようにわかる。現実のうさをはらすように楽しんだ、まるで夢のようだった4日間。いよいよこのフェスも大団円を迎えようとしている。

 食事を終え、グリーン・ステージのメイン・アクト、エミネムを見る。映画『ブレア・ウィッチ・プロジェクト』風なオープニング映像に続いてエミネム登場。だが悲しいほどにこの人気者の歌はぼくの心に響いてはこなかった。早々にホワイト・ステージへ向かう。ブライアン・イーノとピーター・シュワルムによるプロジェクト『ドローン・フロム・ライフ』である。予定より30分ほど遅れて登場したバンドは、非常に端正で美しいチル・アウト・ミュージックを聴かせてくれた。といって眠くなるようなアンビエントではなくまっとうなリズム入りのバンド演奏になっており、バンドの演奏技術はもちろんPAの音響も素晴らしく、フェスの終わりで疲れ切った身体を癒してくれるような気がした。御大イーノが、MCのほとんどを日本語でこなしたのも驚いた。

 12時過ぎにライヴは終わった。暗い山道を足早に帰路に着く。フェスが終わった寂しさと安堵感が押し寄せてくる。グリーン・ステージではメイン・アクトのあとのスペシャル・ライヴとして、FERMIN MUGURUZA DUB MANIFESTが演奏している。オアシス広場に戻り、レッド・マーキーを覗くとゲストに鮎川誠&シーナを従えたウィルコ・ジョンソン・バンドが「バイ・バイ・ジョニー」を演奏している。古い、古いタイプのアーティストであり、ロックンロールである。フロアを埋め尽くした若い客の大半は、おそらくチャック・ベリーのクラシックである「バイ・バイ・ジョニー」のオリジナルさえ聴いたことがないだろう。だがこのフェスの大団円をこのベテランに託した主催者の気持ちはわかるような気もした。3日(前夜祭も入れれば4日)の間で鳴らされたさまざまな音楽のルーツはここにあり、自分たちはいつでもそこに戻ることができる、というメッセージだったように思えるのだ。チャック・ベリーからウィルコらを経て受け継がれた血は、今に至るまで絶えることはない。

 「サンデイ・セッション」と称されたこのテントのライヴ/DJは朝まで続く。ウィルコのあとには急遽出演が決定したミッシェルガン・エレファントのチバユウスケがDJを始めている。宴の余韻を惜しむかのように、オアシス広場にはまだ多くの若者が残り、思い思いに楽しみ、別れを惜しむように騒いでいる。

 疲労も極致にきた。友人・知人はまだたくさんこの場に残っているはずだが、もうつきあう体力は残っていない。ホテルへ帰ることにしよう。ぼくのフジ・ロック・フェスティヴァル2001はこれで終わった。来年、また苗場で変わらぬ笑顔に出会えますように。

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