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2004.04.11

■4月7日~8日の日記(Patti Smith)

 約12時間のフライト。取材の質問など一通り考えたあと、きちんと睡眠をとろうと思うが、なかなか寝付けず。うとうとしているうち、時差の関係で、7日午前中にニューヨークJFK空港に到着。税関申告用の書類についうっかり生年月日を書き忘れただけで、別の窓口に連れていかれ、荷物をあらいざらい調べられる。そのときの会話。
「パスポートを見せろ。ここには観光で来たのか」
「ビジネスだ」
「何のビジネスできた」
「私は音楽ジャーナリストであり、アーティストの取材に来たのだ」
「IDカードはあるか」
「私はフリーランスなので持っていない」
「手持ちの現金はいくらだ」
「50ドルほどだ」
「いつまでいるんだ」
「あした帰国する」
なぜ1日しかいないんだ
「(そんなの人の勝手だろ! 大きなお世話だ)私は忙しいのだ
 なんでもマドリッドの爆破事件などのあと、急に警戒が厳しくなったらしい。行きの飛行機に乗る直前には、東南アジア~中東系の親子が、荷物を洗いざらい調べられていたし、帰りの飛行機のセキュリティ・チェックでは、クツまで脱がされた。仕方ないのかもしれないが、なんか腹が立つ。

 ようやく解放されて外に出たら迎えのクルマが待っていて(フライトの予約の関係なのか、ぼくひとりで先に飛行機に乗り、レコード会社の人はあとのフライトだった)、そのままマンハッタンのホテルへ。運転手は日本人で、あれこれ雑談。金持ちはより金持ちに、貧乏人は貧乏人のままという最近アメリカの風潮(政策)にストレスがたまっているようで、愚痴めいた話につきあう。ホテルにチェックイン、部屋で休みながら質問を考えていると、レコード会社の人たちとほかの取材陣が到着、現地の通訳さんと合流して、インタヴュー場所へ。
 取材の相手はパティ・スミス。アリスタからコロムビア/ソニーに移籍して第一弾『trampin'』 が4月28日に出る。ライナーも書いたのだが、だめもとで取材の希望を出しておいたら、思いもかけず実現したのだった。彼女に取材するのは8年前、『ゴーン・アゲイン』のとき、ロンドンでやって以来2回目である。
 インタヴュー場所は、ソーホーにある彼女のワーク・ルーム。自宅から数分のこじんまりとしたビルにある部屋で詩を書いたり絵を描いたり、さまざまな作業をそこでおこなっているようだ。2度目の取材とは言っても一回目はたったの30分ほどだったのだが、今回は結局1時間半の長い時間に渡ってたっぷり取材できた。当初の予定は1時間だったが、予想を超えて彼女は饒舌であり、娘さんとの約束を延ばしてまでも会話に応じてくれたのである。会話の詳しい内容はこれから出る各誌の記事を参照してほしいが、ぼくのジャーナリスト人生でも5本の指に入るぐらい充実した手応えの、掛け値なしに最高のインタヴューとなったと思う。とはいえそれはぼくのインタヴュアーとしての力量というより、パティ自身が表現者としてきわめて充実した状態にあり、われわれをとりまく社会状況やアートなど自らの表現にまつわるさまざまなことを自らの言葉できっちりと伝えていこうという意欲を彼女が持っていたということだ。母親を亡くし、ブッシュ政権の暴挙に心を痛めながらも、なお未来を信じて次の世代に希望を託し、声をあげ、行動することで世界を変えようとするポジティヴな姿勢は、すがすがしいまでに感動的だった。とにかく話題が多岐にわたり、しかもひとつひとつの話が深いので、ぼくの英語力と知識では手に余るような話の内容の濃さだったのである。当然ながら9.11以降のブッシュやアメリカ社会の話が中心になるが、日本を出るときにはまったく報道されていなかった邦人3人誘拐の事件をパティに知らされ、驚く一幕も。
 合計2回、たった2時間強の会話でこういうことを言うのは軽率のそしりを免れないかもしれないが、彼女はぼくが出会ったさまざまなアーティストのなかでももっともスケールの大きな人格のひとりであると思う。飾りのない人柄、人に対する気遣いの細やかさ、優しさ、鋭い洞察力と豊富な知識、しなやかでフレキシブルで、しかも決して揺るぐことのない強固な意志。現在57歳というが、とてもそうは思えない、むかしと変わらぬスリムな体型、櫛を入れないぼさぼさの髪、膝に穴があいたジーンズ、そして素晴らしく魅力的な笑顔。いや、最高の1時間半でした。あまりに深い話の連続に、どこから会話を広げていけばいいのかわからず質問に窮していると「私は日本語がわからないから言葉の響きを聞いているだけだけど、あなた、いい声してるわね」と言われたときには参りました。別れ際、「こういう話ができて、とてもいい午後だったわ。ありがとう」と言われ、詩集や画集にサインをしてプレゼントされたのみならず、新作のカヴァーに使った写真のポラロイドを記念にと手渡されたときは、ほんと、この仕事をやっていて良かったと思った。

 結局この日取材したのはぼくだけ。当初は翌日の予定だったが、土曜日までに日本に帰らなければならなかったので無理を言ってこの日に変えてもらったのが、かえって彼女が時間の余裕があるときの取材となって、結果としては吉と出たようだった。終了後は取材陣一行でディナー。ほかの取材者の方は翌日の取材ということで緊張気味なのに、ぼくひとりが解放感ですっかり酔っぱらってしまい、呆れられてしまったようだった。早々にホテルに帰るが、酔ったはずみかメガネが壊れてしまうなどあれこれトラブルでなかなか寝付けず。うとうとしたところで朝になってしまい、早々に荷物をまとめて空港へ、一路東京に帰る。なんと一泊三日というハード・スケジュールだった。

 なおここでお詫び。新作のライナーで、パティは一旦引退を決意したものの、ブッシュへの怒りで引退を撤回、新作を作ったと書いたが、本人に確認したところ、そういう(引退)言い方はしていないそうだ。最近出た「independent」誌のインタヴュー記事にそう書かれていたのだが、雑誌記事はあてにならないということか。申し訳ないです。

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