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2005.01.25

■スクリッティ・ポリッティの初期レア音源集

 いやあ、ついに出ますね。これ、出そうと思ったんだけどできなかったんだよな。アマゾンで2799円。ちょっと高いけど、予約しちゃいました。

(追記)と思ったら2099円! これは買うしかないでしょ!

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■多忙期

 すっかり更新が滞っていて、申しわけないです。年が明けてから何をやっていたかというと、

10日(月)Heal Niigata@横浜ブリッツ
13日(木)渋さ知らズ@o-east
16日(日)赤犬@青山CAY
21日(金)大友良英ニュー・ジャズ・オーケストラ@新宿ピットイン

 大してライヴは見てませんね。取材もその間、2回しかやってない。なにをしているかというと、書き下ろしの単行本にとりかかっています。詳しい内容などはまた改めて書きますけど、簡単にいうとレコード・ガイド本。関連の資料やらレコードやらでいま部屋の中はすごいことになってます。資料関係の購入の費用もバカにならず、こないだクレジットカードの請求がきたんですが、ショック死するかと思いました。

 本の発売は3月なんで、2月中旬には入稿しないとヤバイです。でもなかなか思うように進みません。そして一番問題なのは、この仕事にほぼかかりきりになっているので、レギュラー以外の飛び込みの仕事はほとんど断っていることです。つまり1~2ヶ月後の収入が極端に減ることが予想されるわけですね。単行本の印税が入るのはまだだいぶ先になると思われるので、その間の生活をどうするかという大問題が持ち上がってくる。おまけに4月ぐらいにはある事情で相当な物いりが予想されるのです。はたしてGWまで自分は生きていられるのか。飢え死にでもするんじゃないかとマジで心配です。

 そんなわけで自分としてはかなり根を詰めて仕事をしているせいか、体調を崩してしまい、しばらく酒を断っています。今日でちょうど2週間、一滴も飲んでません。私のことを知る人はかなり驚くと思いますが、当の私がびっくりです。酒を飲むようになってから20数年間、こんなに長い間アルコールを入れてないのは初めての経験。毎日飲んでいると酒が睡眠薬代わりになってしまい、たまに飲まないと夜なかなか寝付けないものですが、最近は飲まないでも簡単に寝られるようになりました。このまま止めてもいいぐらいに思ってますが、一応病院の検査等で諸数値が戻ったら再開するつもり。それまでは仕事に専念することにします。

 また、ここのところ寝ても疲れがまったくとれない日々が続いてかなりしんどかったので、昨日は久々にシャワーではなく湯船につかってのんびりしたら、かなりHP回復しました。やっぱり風呂は大事みたいです。

 それから。飲まなくなって気づいたんですが、いわゆる居酒屋メニューって、アルコールが進むように味を濃くしてるんですね。宴席で飲まずあったかいウーロン茶かなんかをすすっていると、よくわかります。いろんな意味で今まで不健康な食生活を送っていたってことですね。気をつけましょう、ご同輩。

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2005.01.18

■こんなのあったんですね

eye

http://reek.tv/

非常階段すごすぎ。ゲロゲリゲゲゲ馬鹿すぎ。むかしのスカムなアイちゃん、かっこよすぎ。

おかげで仕事が一向にはかどりません(笑)。

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渋さ知らズ@o-east/赤犬@青山CAY/スーパーカー解散

 更新が滞ってて申しわけないです。13日の渋さ知らず大オーケストラ@渋谷o-eastのライヴ評書いてます。

shibusaasahi

 
  16日は赤犬@青山CAY。予想通り超満員で、開演してもまだ外には長蛇の列。招待なので最後に入ったら、第一部のビデオ上映会はほとんど見られず。それも含め大喜利があったりプレゼント・タイムがあったり、初の東京ワンマンということでいろいろ盛り沢山だったが、もっとシンプルに演奏のみでも良かったんじゃないかという気がする。せっかくのゲストの森下くるみ嬢ももっとうまい使いどころがあるんじゃないかと思った。

 演奏はいつも通り、定番曲で盛り上がったけど、前半のアトラクションに時間をとられすぎたせいか、最後は駆け足でロクにMCもなく慌ただしい感じで終わる。3時間半近くやったわりにはちょっと物足りない感はあった。実質の演奏時間は1時間半ぐらいしかなかったんじゃないかなあ。

 もちろん楽しかったけど、やっぱりCAYって場所はどう考えても合わない。エレクトロニカ系の着席して聴くようなライヴならまだしも、赤犬みたいなダンサブルなエンタテイメント・バンドじゃ、後ろのほうからじゃまったくステージが見えず、かなりストレスがたまる。せめて新宿ロフトぐらいでできなかったものか。次はもう少し見やすいところでワンマンやってください。
 
 さて、今日はスーパーカー解散という報が。 ちょっと語弊のある言い方をすると、先日の『ANSWER』というアルバムを聴いて、ああ、これが今のこの人たちの限界かな、と思ったことをはっきり覚えている。もちろん『Fine Time』にも参加をお願いしたぐらいだから、ぼくはこの人たちの音楽を高く評価していた。なので解散は残念ではあるが、いっぽうで、仕方ないかな、という気もする。本人たちも言っているが、元来がきわめて微妙なバランスのうえに成り立っているバンドだったから、ここまで長続きしたこと自体が驚きだったとも言える。「活動休止」なんて曖昧な形ではなく、潔く解散という道を選んだメンバーに敬意を表したい。確か3年ぐらい前の新宿リキッドルームのオールナイトで見たスーパーカーのライヴはほんとうに素晴らしかった。ぼくにとってはあれが最高のスーパーカー体験だった。結局ちゃんとしたインタビューを一回もやれなかったのが悔しい。
 

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2005.01.04

■2004年極私的10大ニュース

 あけましておめでとうございます。今年は三が日が土日に重なったので、正月休みが短く、今日から仕事始めという方も多いようだ。ご苦労さまです。今年もよろしくお願いします。

 さて、下の記事でも簡単に触れているが、年初のご挨拶に代え、改めて、04年という年を個人的に振り返ってみたいと思う。

1位 "UK New Wave Renaissance 2004"企画の実現
 
 一昨年に出したディスクガイド本「The Dig presents disc guide series UK New Wave」の刊行をきっかけに、レコード会社7社を糾合して、往年のニュー・ウエイヴ名盤を発掘するリイシュー・シリーズを、2月~5月にかけて実現。日本人アーティストによるカヴァー集『Fine Time ~ A Tribute to NEW WAVE』も制作することができた。

 洋楽リイシューのほうはその時点でやれることはすべてやったつもりだったが、力不足もあり、思うに任せぬ部分も。スリッツ「大地の歌」など、よく売れたものもあったが、総じてセールスのばらつきが激しく、結果として大成功とは言い難い部分もあった。とはいえ、レコード会社横断でこういう大きな企画を実現できたのは満足している。

 『Fine Time ~ A Tribute to NEW WAVE』は結果的にCCCD化されてしまい、いろんな人から叩かれた。また調子にのってたくさんのアーティストに声をかけていたらいつのまにやら1枚に収まらなくなって2枚組となってしまい、そのせいかセールス的には必ずしも満足いく結果とはならなかった。しかし出来映えには自信が持てたし、各誌の批評などでもいい評価をもらえて、プロデューサーとしては納得している。4月には第2弾も出ます。

2位 著作権法改悪反対運動に参加

 いわゆる輸入盤規制問題。まさかこの歳になって議員会館に陳情にいったり、文化庁の役人とやりあったり、記者会見して日経新聞の社会面トップにデカデカと顔写真と名前が出るようなことがあるとは思わなかった。やっている間はほんとに体力も知力も気力も絞り尽くしてクタクタだったし、結果としてチカラ不足を痛感させられたわけだが、いい勉強にはなった。今後も法律の運用を注意深く監視していくのは当然のことだが、でも自分はこういう政治的な運動には向かないとつくづく思った。二度とこんな運動に関わらなくても済むような音楽業界であってほしいもの。

3位 ROVOのヨーロッパ・ツアーに同行、メールス・ジャズ・フェスティヴァルに参加

 輸入盤問題がまさに大詰めを迎えるその直前に日本脱出。高橋健太郎さんはじめ、同志の人たちにはすっかり迷惑をかけてしまった。ツアーはとても楽しく、初体験のメールスも、あまりの素晴らしさに、しばし日本でのゴタゴタを忘れて遊んでしまった。勝井さんはじめROVOのメンバー、評論家の副島さんはじめお世話になった方々に感謝。今年もできれば、いきたい。

4位 パティ・スミスにインタビュー

 大傑作「トランピン」のアルバム・インタビューを、NYの彼女のアトリエで。パティにインタビューしたのはこれで2回目だが、前回はわずか25分だったのに、今回はのりにのって1時間半も応じてくれた。アーティストとしての素晴らしさは当然だが、その人柄の温かさ、包容力、スケール、ともに最高だった。そしてすごくチャーミングな人。もう一生ついていきます。そのときの詳しい様子はここに書いた。

5位 mixiに参加

 ここではまったく書いたことはなかったが、初めて参加したSNSで、さまざまな人脈と情報源を広げることができたのは、すごく大きかった。

6位 自身のホームページをブログに移行

 これは1月だったかな。ほかの多くの人たちがそうであるように、いちいち激重のホームページビルダーを立ち上げて更新することにすっかり飽きていたので、ブログの登場は渡りに船。更新することが楽しくて、すごく些細なこともマメに書き込んでいた。ところが年の後半になってまたまた更新頻度が落ちてしまったのは反省している。

7位 bring the noise! イベントの成功

 何回か開催したブリノイはおかげさまで盛況だった。今年はブリノイのほか、しばらくお休みしているニュー・ウエイヴ主体のパーティー「bug II」を、『Fine Time 2』の発売にあわせ、やろうかと思っている。ほかにももう少し大きなイベントが実現できるかもしれない。

8位 またも夏はフェス三昧

 これは毎年のことなんで特に去年がということもないが、メールス参戦と、お盆の時期に高い飛行機代かけてライジング・サンに行ったこと、そして京都のボロフェスタで、高橋健太郎さんとともに輸入盤問題絡みでトークショーをやったのが印象に残っている。もちろん今年も、体力をお金が続く限り、いく。

9位 北海道日本ハム・ファイターズ

 もともとファンでもなんでもなく、北海道にも縁がない自分がなぜファイターズを応援しはじめたかというと、小笠原道大という素晴らしい選手がいたためだが、去年はほんとに応援のしがいがある素晴らしいチームになってくれた。シーズン終盤の戦いぶりは、若い経験の浅い選手たちが一試合ごとに成長していくのがよくわかって、感動的だった。おかげで再編問題のゴタゴタのさなかも、野球にうんざりしないで済んだ。ファンクラブにも入っちゃったし。今年こそは聖地・札幌ドーム詣でを!

10位 料理をはじめる

 私生活では見事なぐらい何事もおこらなかった1年だった。なので、トピックといえばこれぐらい。まだレパートリーはないに等しいし、要領が悪く応用が利かないので、レシピ通り作るのが精一杯だが、時間があって、かつ外出する用事がないときは、だいたい自炊するようになった。今年はもう少しレパートリーをふやすつもり。


 てな感じの1年だった。今年は年明け早々から仕事に追われているが、とにかく私生活を充実させたいと思ってます。

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