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2005.12.23

■80:90~世代感覚、仕事感覚

 先日終了したイベント「80:90」。簡単にご報告と、思ったことなど。

 とにかくえらい盛況でした。 80年代末から90年代初頭、つまりマンチェとかテクノ初期とかブレイクビーツとかグラウンドビートとかそういうやつをかけまくるイベントで、ものすごい盛り上がりだったわけです。ぼくが参加したイベントで一番の盛り上がりだったかも、と思うぐらい。確かにぼくも楽しかったし盛り上がりもしたけど、かかる楽曲やら場内でずっと流れていた昔のBEAT UKのビデオとかで盛り上がるというより、狂乱の渦になったフロアでのみんなの楽しそうな様子を見ているほうがずっと楽しかったんですよね。で、同時にすごくうらやましかった。

 これはまずこの時代の音楽は世代的にジャストじゃないってことが大きい。90年前後って、ぼくはもう30歳超えてましたからね。青春の思い出にするにはトシをとりすぎてたんですよ。そういう意味でいえばパンク/ニュー・ウエイヴが完全ジャスト。夜遊びをはじめて最初に通い詰めたのが、むかし西麻布にあったクライマックスっていうニュー・ウエイヴ・ディスコだったし。そのときの仲間は、いまでもオレにとっては特別な友だちです。

 そして世代的なことに加えて、90年ごろにはすでに脱サラして、今の仕事を始めてたんですよ。「80:90」では電気グルーヴとかフリッパーズ・ギターとかケン・イシイなんかもかけたんだけど、3つとも当時何度も取材してますからね。もちろん大好きな曲/アーティストだし今でもいいと思うからかけたんだけど、いちファンの楽しみというよりは、仕事で聴いていた部分も大きかったわけで。それはもちろん洋楽も同様で、ジーザス・ジョーンズとかハッピー・マンデイズとか(正確にはブラック・グレイプになってから)、ジェフ・ミルズとかリッチー・ホウティンとかハードフロアとかジェイムスとかアンダーワールドとかケミカル・ブラザーズとかEMFとか全部取材してるし原稿も何度も書いてる。もちろん自慢してるんじゃなくて、そういう立場だったということ。だから客観的な視点を持たないわけにはいかないんですよ。でもパンク/ニュー・ウエイヴのころはただの学生/サラリーマンだった。

 あとはまあ、すぐ興奮して熱狂するくせに妙に醒めたところもあるという自分の性格もあるけど。

 とにかくそういう理由で、フロアの熱狂とはちょっと離れたところで見ていたわけです。主催したtag君など集まった人たちはほとんど同世代(30代半ばぐらい?)だと思うけど、つまり当時はただの若いいちリスナーだったわけで。でも感受性が柔らかい時期に吸収したものって、その人の人格形成や文化的背景の形成や趣味嗜好に決定的な影響を与えるでしょ。それに加え、音楽業界人でもなんでもない、そしてさらには社会人ですらなかった(学生とかフリーターとか)わけだから。言ってみればただの音楽ファン。でもそういう感覚が今となってはそれがすごく大事で貴重なものだっていうのは、長く今の仕事をやっているからこそ、よくわかる。

 もちろんパンクやニュー・ウエイヴに対してはオレもそういう感覚だけど、ぼくらの時代っていうのは、そういう音楽を共有する場っていうのがなかったんですよ。それこそ前述のクライマックスと、大貫憲章さんのロンドンナイトをやっていた新宿のツバキハウスぐらい。ぼくはロンナイ派じゃなかったけど、いずれにしろ当時ロックを流すディスコ(クラブ)というのは、東京でもこのふたつぐらいしかなかった。ほとんどのパンク/ニュー・ウエイヴ・ファンは、たまにあるコンサートぐらいしか、趣味嗜好を同じくする、感覚を共有できる仲間と出会う場がなかったわけ。そして「ダンス・ミュージックとしてのロック」という概念も、一般的じゃなかった。

 でも90年ぐらいになると、そういう場はいっぱいあった。かって(80年代後半)ぼくは主宰していたミニコミの名前を冠した「NEWSWAVE NIGHT」というパーティーをやっていて、そこでは現在NO.1ハウスDJとして知られるEMMA君がレジデントとして回していたりしたんですが、会場である今はなき下北沢ZOOは、そうした90年代ダンス・カルチャーの創成に大きな役割を果たしたお店でした。
 
 パンク/ニュー・ウエイヴの意義のひとつは、ダンス・ミュージックとしてのロックの復権だったけど、90年ぐらいなると「ダンス・ミュージックとしてのロック」なんて注釈は必要ないぐらい、ダンスすることはロック・ファンの間でも定着して、そういうクラブもいっぱいあった。だから同じ感覚を共有できる場もたくさんあった。それが、あの「80:90」の熱狂につながったんじゃないかと。

 そういう仲間をね、当時直接の面識があったわけじゃないだろうけど、音楽だけで、かかる曲やビデオひとつでそういう感覚を呼び起こせる、あるいは改めて共有できるというのは、やっぱりすごくうらやましいなと。


 ……というようなことをmixiの日記に書いたんですが、この後続々と反論、というか「自分はこうだった」という自分語りのコメントが。いわく、まだ高校生だったから夜遊びできなかった、地方在住だったからそんな気の利いたクラブ゙はなかった、クラブで遊んでいるようなチャラいヤツはクソだと思っていた、うんぬん。もちろんふつうにクラビング゙していた人もたくさんきてたんですが、どうやら半分ぐらいは昔遊べなかった、思いきり大音量で踊れなかったというウラミツラミを大爆発させて「孤独の中で自分の中のサブカルを育てていた青春時代」への復讐で暴れていたようなのでした。なるほど~。

 この項続きます。

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